森林浴の効果と森の大気浄化能力!大河内博教授に聞く環境問題③

森林浴の効果と森の大気浄化能力!大河内博教授に聞く環境問題③

前回に続き、早稲田大学理工学術院・創造理工学部の大河内博教授に伺った、環境問題をご紹介します。 最終回である第3回は大河内教授が研究する森林生態系サービスの効果です。

森林生態系サービスはどのような効果をもたらし、どのような環境問題と関係しているのでしょうか。

森林浴の効果や冷温能力「森林生態系サービス」とは

――大河内教授は森林の機能についても研究されていると聞いています。

森は「地球の肺」と言われています。これは森が二酸化炭素を吸収し酸素を作る機能が由来ですが、森林が我々にもたらす恩恵はこれだけではありません。 森は、肺であり、腸であり、肝臓であり、腎臓である、と私は考えています。なぜなら森は栄養分の吸収、貯蔵、変換、浄化といった機能もあるからです。だから、森林が持つ機能を肺だけで例えるのは、過小評価していると言えるでしょう。

森林が人にもたらす恩恵を森林生態系サービスと言い、その評価を金額で表したら年間で70兆円の価値がある、と言われています。 例えば、森林浴効果もその1つです。森林樹木からはフィトンチッドが放出されています。 フィトンチッド(phytoncide)の「phytoは植物」「cideは殺す」という意味です。つまり、本来は自分に害がある虫から防御するための機能です。一般には植物から放出される揮発性有機化合物のこと指し、生物起源揮発性有機化合物(BVOCs)と呼ばれています。

画像提供:早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 大河内研究室

人間がこの香りを嗅ぐと安らぐ効果があり、森林浴効果と呼ばれています。森林に入ると、アドレナリンを減少させる、ストレスホルモンを減少させる、ナチュラルキラー細胞を活性化させ免疫力をアップさせるなどの効果があることが認められています。

他にも、有名な森林生態系サービスとして冷温効果が挙げられます。ヒートアイランド現象の対策として「都市部に森林を残しましょう」と言うのは、この効果を期待してのことです。 実際に、皇居と都市部で気温の変化を測定すると、皇居の森林の中は市街地に比べて、気温が1度か2度減少します。 森林には空気を冷やす働きがあり、森の外にも冷気が染み出るので周辺の空気も冷やしているのです。

画像提供:早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 大河内研究室

これらは従来から言われていることですが、森林の大気を浄化する力については、ほとんど評価されていません。そこで私の研究室では、森林の持つ大気浄化能力について研究しています。

森林が持つ大気浄化能力と環境問題の関係

オンラインインタビューを受ける大河内博教授。

――森林の持つ大気浄化能力の研究とは、どのようなことを調べているのでしょうか。

森林が粒子やガスを捕捉することは知られていましたが、PM2.5をどれだけ捕捉するかは十分なデータがありませんでした。 フィールドは神奈川県川崎市の日本女子大のキャンパスにある、20ヘクタールほどの里山で、PM2.5の他にも、酸性ガスなどの捕捉効果を調べています。 実際に、森林外の空気に対し、森林内部ではPM2.5や酸性ガスの濃度が半分になることが分かりました。

ここまで、森林のいいところばかり挙げてきましたが、それだけではありません。 森林が大気汚染物質を増加させている、という説もあるのです。

現在、大気汚染物質は全体的に減少傾向にありますが、オゾン(O3)については濃度が下がっていません。このオゾンの生成に森林が関係していると考えられています。 どういうメカニズムなのかというと、自動車の排気ガスと一緒に放出される窒素酸化物に、森林から放出される揮発性有機化合物が加わると、光化学的な反応によって、オゾンがさらに生成されてしまうのです。

画像提供:早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 大河内研究室

また、生物起源の揮発性有機化合物は非常に不安定で、すぐに粒子に変化するという性質があり、PM2.5の主成分である二次有機エアロゾルとなるケースがあります。 生物起源の揮発性有機化合物は、人為的に排出される揮発性有機化合物よりも圧倒的に排出量が多く、全球的にも約10倍ほど多いと考えられています。そのため、森林がPM2.5を増やす働きをしている、とも考えられます。 森林は人為起源由来の硫酸アンモニウムや硝酸アンモニウムのようなPM2.5構成成分を減少させる働きがある一方で、森林から放出された揮発性有機化合物によりPM2.5を増加させていることになりますが、森林全体としてPM2.5を増加させているのか、減少させているのか分かりません。また、森林から生成した二次有機エアロゾルが、人の健康に対してどのような影響を与えるのかもよくわかっていません。森林と大気との相互作用は複雑で、さらなる研究を進めています。

それから、森林とマイクロプラスチックの関係性も調べています。大気中にマイクロプラスチックがあれば、森林の樹冠に捕捉されます。そうすると、森林の樹冠にいるさまざまな微生物がマイクロプラスチックに付着し、強い風に乗って舞い上がると考えられます。

海洋プラスチックでも微生物がコロニーを作っていることが報告されており、プラスチック生命圏(plastisphere)と呼ばれています。微生物がマイクロプラスチックの表面にバイオフィルムを形成すると、水をはじく性質をもっていたプラスチックが、水に馴染みやすくなり、雲を作る核になる可能性があります。実際に、大気中に生息する微生物は雲を作る核となることは知られていますが(プラスチックは大気も汚染する!大河内博教授に聞く環境問題①を参照)、大気中を浮遊しているマイクロプラスチックの表面上に微生物が生息しているのか、生息しているとしたら本当に雲を作りやすくなるのか、まったく分かっていません。

私たちは、表面をタンパク質で覆われたマイクロプラスチックを大気中で見つけていますので、このようなマイクロプラスチックを大気中バイオマイクロプラスチックと名付けて研究を進めているところです。森林樹冠の面積は非常に大きく、樹冠面積は地表面の3倍から5倍あるので、海洋とともに重要な大気中バイオマイクロプラスチックの生成場になっているのではないかと考えています。

このように、森林は様々な大気汚染物質を除去する場であり、反応により新たな物質を生産する場でもあります。世界で誰もやっていないことですが、森林樹冠が持つ機能を解明し、大気浄化機能としてどう評価すべきか研究したいと考えています。

福島の森林除染作業

――福島でも森林を研究していると聞いています。

福島の里山で調査しています。福島は道路や田畑、住宅域については放射性物質の除染が終わっていますが、山林の除染は行われていません。 森林は大気浄化機能という素晴らしい能力を持っていますが、それが原因で内部に放射線物質をため込んでしまっています。 そのため、実際にそういった森林のどこにどれくらいの放射性物質が分布していてるのかを継続的に調査しながら、森林生態系に負荷を与えずに、除染するにはどうするべきか、共同研究で方法論と新たな除染技術を考えています。

放射線物質を短時間で可視化する方法として、ガンマ線カメラが有効です。セシウムが溜まっている箇所を10分程度の計測で明らかにし、効率よく除染できます。これは、本学先進理工学部応用物理学科の片岡先生が開発されたものですが、小型・軽量であり、ドローンに搭載して上空から放射性物質が集積している箇所を検出することも可能です。

画像提供:早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 大河内研究室

以下の図は、現在も帰宅困難区域にある学校の校庭を歩いて計測した空間洗浄率を正方形にプロットして示しています。小型ガンマ線カメラを積んだドローンを飛ばし、F1~F4のエリアに分けて、それぞれを上空から10分ほど計測した結果が表示されています。

画像提供:早稲田大学創造理工学部環境資源工学科 大河内研究室

図のF1とF2の左下あたりが赤く表示されていますが、ここは山の斜面に接した箇所で、放射線物質が溜まりやすい場所です。つまり、ドローンに搭載した小型ガンマ線カメラによる上空からの短時間撮影で、放射線物質が溜まった場所を正確に再現できている、と言えます。 この方法を使えば、森林内部も含めて、どこに放射性物質が溜まっているかを短時間で特定できるので、ホットスポットの除染が可能となり、範囲を絞って効率的に除染を行うことができます。また、作業後の除染確認も簡単に行えます。

また、森林内で、その場で除染する技術開発も行っています。磁性をもったナノ粒子表面をセシウムを効率よく吸着物質で被覆し、それをドローンによって森林の広範囲に散布します。すると、この被覆磁性ナノ粒子が森林のなかで、雨で流出する過程により土壌や落葉と接触し、放射性セシウムが吸着して窪地に溜まったものを、磁石で回収するという技術開発を目指しています。室内実験の段階ですが、落葉に磁性ナノ粒子が付着したまま離れずに落葉ごと回収してしまったり、磁性粒子だけを回収できても、安定した高い回収率が得られないなど失敗の連続です。この技術が確立できれば、森林に負荷を与えることなく、自然の力も借りながら広範囲の森林除染が可能となるので、諦めずに取り組んでいきます。福島の里山を少しでも早く除染し、故郷に戻りたい人々が戻れるような環境に戻すことが目標ですが、原子力発電を行い続ける以上、残念ながら第二、第三の福島が世界のどこかで起こります。将来起こりうる放射性災害からの復興に、少しでも役立つことができればと思います。

このように、私の研究室では大気や森などの自然環境の化学情報を解読し、目に見えない環境リスクを見つけ出すことで、問題であればそれを解決する技術を開発しようとしています。目に見えない環境リスクを見つけ出し、あらかじめ予測できれば、甚大な環境汚染・環境破壊に到る前に未然に防ぐことができます。このような研究を積み重ねることで、医者が人を診断し治療するように、地球を診断して治療するアースドクターを目指しているのです。

早稲田大学・大河内研究室Twitter公式アカウント → https://twitter.com/LabOkochi

大河内 博(おおこうち ひろし)
早稲田大学理工学術院、創造理工学部教授。富士山を用いた越境大気汚染と地球規模汚染の観測、ゲリラ豪雨の生成機構、森林浴効果と森林の大気浄化能の解明に取り組んでいる。著書に「地球・環境・資源:地球と人類の共生を目指して」、「越境大気汚染の物理と化学」、「大気環境の事典」、「東日本大震災と環境汚染」など。医者が人を診断・治療するように、地球を診断・治療するアースドクターを目指す。

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