森林総研 山田氏インタビュー、高付加価値製品を生み出す新素材“改質リグニン”
木材成分の約3割を占めるリグニンは、樹種や部位によって品質にばらつきがあるため、今まで工業材料への利用は難しかった。そんななか、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下、森林総研)の山田竜彦氏は、新たに「改質リグニン」を開発。品質が安定し、優れた加工性を持つことから、さまざまな工業製品への利用が期待されている。
新素材の開発に成功した森林総研の新素材研究拠点長 山田竜彦氏に話を聞いた。
品質を安定させることに成功した「改質リグニン」
――まず、リグニンついて教えてください。
リグニンは、木材の成分の1つで全体の約3割を占めています。陸上植物の細胞壁を固くしっかりとした構造にするために生み出された物質で、すべての木材に含まれています。強固で耐熱性があるなどの特徴があります。
――今まで工業利用されてこなかった理由はなんでしょう。
樹木の種類、生育環境、部位などで構成要素にバラつきがあるからです。特に、高等な植物であればあるほど、環境に適応するため、多種多様な構造を形作ってきました。そのため、品質をコントロールすることが難しく、工業材料化は困難だったのです。
それだけ環境や特性に機能を変えてきた材料なので、非常にポテンシャルは高いのですが“使えない”材料というジレンマに陥っていました。
もちろん、全く利用用途がなかったわけではありません。紙パルプを生産する際は、硫酸ナトリウムや水酸化ナトリウムなどの薬品を使用してセルロースを取り出しますが、その際に薬品が混じったリグニンが分離され、それを黒液と呼びます。黒液は、ボイラーで燃焼させ、発生した熱は発電や紙の乾燥に使用されています。ほかには、接着剤などに使用されるクラフトリグニン、ソーダリグニンなどがあります。
そうしたなか、ほかに有効活用できないかと考え、研究開発を行ってきた結果、私たちが作り出したのが改質リグニンです。リグニンの品質安定化に成功しました。
――どのようにして、安定したリグニンだけ取り出せたのでしょう。
まず、樹木の種類をスギだけに絞りました。スギは比較的下等な植物ですから、リグニンの構造をそんなに変えられません。ほかの植物だと構成要素のパターンが無限にあるのですが、スギはリグニンの構成要素がほぼ1種類だけで、構造も比較的均一です。
また、抽出する際に、ポリエチレングリコール(PEG)という抽出液を使っています。PEGは、生体材料との親和性が非常に高く、PEGを投入した後は、ろ過し、酸分解して取り出しています。その際に取り出したリグニンには、PEGが添加されているので、ただのリグニンではなく、改質リグニンと呼んでいます。
――PEGはどのようなものに使用されている薬品なのでしょう。
人体に無害な薬品で、化粧品やシャンプー、T字カミソリのスムーサーなどに使用されています。肌と相互作用が高いものなのですが、一方で木材との相互作用も非常に高く、改質リグニンは優れた加工性も実現しています。そのため、リグニンがもつ耐熱性と強度、PEGによる加工性も有した結果、高機能材料としてさまざまな工業製品に使えるようにしました。
自動車製品、電子基板などさまざまな工業製品化が可能
インタビューに答える山田氏――改質リグニンはどのような用途での使用が期待できるのでしょうか。
さまざまな用途での展開が考えられるのですが、例えば、粘土材料とのハイブリッド技術で完成させた電子基板ですね。通常、携帯電話やPCなどの電子基板は樹脂であるポリユニットでできているのですが、改質リグニンで作った電子基板は、従来のものに比べ、製造コストが約3分の1となり、コスト的に非常に優位性が高いことが特徴です。 ほかには、炭素繊維強化プラスチックやガラス繊維強化プラスチックにも使用できます。これは自動車の外装部材などに使用され、実証実験も行いました。炭素繊維材は50%が炭素で、残り半分は樹脂でできています。その樹脂の代替品として改質リグニンが使用されています。 ――自動車の外装部材ですか。 ええ。2018年に株式会社光岡自動車が販売している自動車「ビュート」のボンネットやドア部材に導入し、実証実験を行いました。改質リグニンの特性の1つに強度があるので、通常の外装部材に比べ薄くできるので、従来よりも車体の軽量化が可能です。 ほかにも、3Dプリンター用基材やコンクリート用化学混和剤などにも用いることができます。今後も、ロケットや飛行機部材、家電製品部材など、さまざまな利用用途が考えられます。 ――改質リグニンの製造実証プラントも昨年竣工しましたね。 茨城県常陸太田市にある工業団地内に建てました。「改質リグニン」を年間で100トン以上生産できるパイロット施設です。生産技術の効率化を図るために試験生産を行っています。 また、改質リグニンの産業化に向けたネットワークを構築するために、リグニンネットワークも立ち上げています。現在、素材メーカーはもちろん、自動車メーカー、樹脂メーカー、森林組合など多種多様な企業・団体が140以上集まっています。そして、私たちは森林総研に所属していますので、最終的には、中山間地域にプラントを置き、林業を通して、中山間地域の活性化を図っていきたいと考えています。 ――地方創生ですか。 ええ。改質リグニンに使用する木材は、端材を使用する予定です。そのため、社会実装のカタチとして、製材工場に改質リグニン工場を隣接させ、地産地消で改質リグニンを生産するビジネスを考えています。端材は、工場の稼働エネルギーとしても使用すれば、無駄もなく資源循環が達成されます。 その地域に新たな産業を創出させることで、雇用も実現し、中山間地域の活性化に寄与したいと考えています。 ――販売が始まった際の戦略などは。 最初はニッチな部分で参入していければ。例えば、添加剤として改質リグニンを3~5%など少量混ぜるような使用方法ですね。それだけでも十分機能性は上がります。販売量が増えてくれば、自然と生産コストは下がり、さらに供給しやすくなるので、どんどん普及させていければと考えています。“改質リグニン”で地方創生へ
出典:森林総合研究所 改質リグニン製造実証プラントが試験⽣産を開始します