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イチョウの木を守れ! 開発によって公共空間を支える樹木の危機 音楽家の坂本龍一さんが伐採やめよと訴えた「神宮外苑再開発事業」(上)

イチョウの木を守れ! 開発によって公共空間を支える樹木の危機 音楽家の坂本龍一さんが伐採やめよと訴えた「神宮外苑再開発事業」(上)
有名なイチョウ並木。開発で影響を受けると指摘されている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

神宮の森で知られる東京・新宿区、港区などにまたがる明治神宮外苑。神宮球場と秩父宮ラグビー場を包み込むように樹木が茂り、有名なイチョウ並木が人々の心を和ませてきました。東京の中心部にこんな緑が残っているのは奇跡的と言えるでしょう。ところが、球場とラグビー場の位置を入れ替えて建てたり、高層ビルを建設するなどの再開発計画が進められ、東京都は、この再開発事業を認可しました。

しかし、周辺住民などおよそ60人が「イチョウ並木などおよそ3000本を上回る歴史的な木が伐採され、景観が損なわれる。風害や騒音で生活に影響が出る」と、都に認可の取り消しと、損害賠償を求めて東京地方裁判所に起こしています。またユネスコの国内諮問機関の日本イコモスが見直し求める要望書を提出しました。さらに音楽家の坂本龍一さんが、亡くなる前、小池都知事に「樹木を犠牲にするな」と手紙で訴えています。

住民を癒してくれる樹木の伐採は、大規模開発だけではありません。いま、多くの自治体で、管理の手間を省くため街路樹の伐採が進められています。しかし、街路樹は、景観だけでなく、地球温暖化の原因であるCO2を吸収し、雨水を貯水して水害を防ぎ、風雨をよけ、火災の延焼を防ぐ効果を兼ね備えています。

東京都府中市では、「歩行者と自転車通行に障害だ」と、516メートルの歩道に並ぶイチョウの木47本がすべて切り倒されてしまいました。夏の暑い照り返しを受け、沿道の住民は「夏は日陰となって涼しかったのに」と不満を漏らします。まずは、神宮外苑を訪ねてみましょう。

ジャーナリスト 杉本裕明



環境アセスメントを扱う審議会がGOサイン

4月27日、新宿区の都庁で開かれた都環境影響評価審議会で、明治神宮外苑地区の再開発計画について審議があった。事業者側が作成した環境影響評価書は、審議会の審議をへて、1月に都に提出・受理されていた。これに対し、文化遺産保存の専門家らでつくる日本イコモスは、評価書に対して詳細な反論書を作成、全部で58項目の不備を挙げて、審議会での再審を求めていた。

日本イコモスは、外苑地区の代表的な景観となっているイチョウ並木について、隣に立つ建設物との間が10メートルしか離れておらず、影響を受ける可能性があるとする。業者の調査は不十分で、植生図の不備などの問題点を挙げ、こうした問題を論じず、再開発をすんなり認めた都の環境アセスメントに異議を唱えている。

朝日新聞などによると、この日の審議会では、事業者の三井不動産の担当者は「調査手法は既存の技術や資料に基づいており適切だ。誤りはない」と説明した。ただ、イチョウ並木の調査は複数地点での観測を検討するなどとし、それ以外の指摘項目については、事後調査報告書(施行中の環境保全の報告)に記載するとした。委員からは、要望が出ている住民説明会の開催などを求める意見が出たが、明確な返答はなかった。

審議会が終わった後、記者会見した日本イコモスの石川幹子理事は「説明が科学的でない。評価書として極めてレベルが低い」と批判した(28日朝日新聞)。結局、都の審議会は、5月18日に開いた審議で、「調査の予測評価に重大な変更が生じる誤りや虚偽はなかった」と結論づけて、幕を閉じてしまった。

審議会では、アセス担当課長が事業計画と保全策を説明

筆者は、過去にこの環境影響評価審議会を傍聴したり、議事録を読んだり、ウォッチしてきたが、議論の中身は薄く、事業者の計画を追認するばかりだった。東京都の豊洲市場建設事業のアセスでは、事業計画を認めた後、広範囲な土壌・地下水汚染が発覚した。審議会の面目丸つぶれである。

都は、その汚染防止対策のため、事業計画の大幅な見直しを行った。計画を見直せば、アセスはやり直しになるが、なぜか、審議会は、都が汚染対策の計画書を追加提出させ、一件落着とした。

今回の神宮外苑の再開発も、東京都は、この地区の高さ規制を緩和し、高層ビルが建てられるようにおぜん立てをした。それを審議会が追認した。中には、データ不足を指摘する委員もいたが、指摘に終わり、評価書が容認された。

都の審議会で奇妙なのは、審議会の場で、アセス担当の都の課長が事業者に代わって事業の説明をし、委員の質問に答えていることだ。数回にわたる審議で、事業者が出席し、説明したのはわずかにすぎず、大半は都の課長が対応している。これで公平性が担保できるのだろうか。

これに対し、6月、環境アセスメントの在り方を研究する「国際影響評価学会」の日本支部の代表ら3人が都庁で記者会見した。「環境アセスメントでは科学的な議論が極めて不十分」とし、東京都に対し、環境影響評価書の受理を保留し、事業者に一時、工事の中止を命じることを求める文書を都に提出した。

解体工事が始まった第二球場。これらの樹木もまもなく伐採される
杉本裕明氏撮影 転載禁止

こうした中でも事業は開始され、6月末から第二球場の解体工事が始まった。球場の樹木から伐採していくという。

神宮外苑は緑に包まれていた

事業が始まった神宮外苑を歩いた。JR東の総武線、信濃町駅を下車して道路を南に。左手には明治記念館、道路を挟んで、緑に包まれるように聖徳記念絵画館、第二球場、神宮球場、秩父宮ラグビー場と続く。 聖徳記念絵画館の反対側には新国立競技場がある。いずれも巨大な建物だが、それを緑で包みこんでいるように見える。

取り壊される予定の神宮球場
杉本裕明氏撮影 転載禁止

有名なイチョウ並木では、人々がゆっくり歩きながら景観を楽しみ、ジョギングする人もいる。そばのレストランでは、木漏れ日が漏れる中、カップルが食事を楽しんでいる。

このイチョウ並木の西側一帯が再開発の予定地だ。秩父宮ラグビー場と神宮球場が入れ替わる形で建て替えられ、第二球場も取り壊される。

都は「多様なみどりと交流の拠点」を謳ったが

明治外苑地区は、東京都が2013年に「スポーツクラスター」と位置づけ、5年後の2018年には、「東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針」を策定し、同地区でまちづくりを行う場合は

  1. 高揚感のあるスポーツとアクティビティの拠点
  2. 歴史ある個性を生かした多様なみどりと交流の拠点
  3. 地域特性を生かした魅力的な文化とにぎわいの拠点を配慮すべき

とした。

都はそれまで景観を守るために高さ15メートル以上の建築物の新設を認めていなかったが、この再開発計画に対し、規制を緩和し撤廃した。このため、秩父宮ラグビー場の跡地には、野球場のほか、185メートルのオフィスビルと190メートルの商業ビルが建てられ、近くに60メートルのホテルも。

取り壊される予定の秩父宮ラグビー場。この日はラグビー選手を見にファンが集まっていた
杉本裕明氏撮影 転載禁止

三井不動産、明治神宮、伊藤忠商事、日本スポーツ振興センターの4団体による総事業費3490億円の巨大プロジェクトは、神宮第二球場と伊藤忠本社ビルの解体から始まり、開発が終了するのは2036年と予定されている。

計画を見る限り、神宮外苑は、ビルが幾つも建ち、緑が大きく減り、景観は一変する。計画で緑地面積が大きく変わらないのは、建物の上部に緑地を確保するからだという。周辺住民に反対の声が強まると、都民も呼応し、小池都知事宛の反対署名は約20万人。

  • スポーツクラスターといいながら一般市民が利用できる施設はすべて廃止
  • 野球場がイチョウ並木に迫り、大きな影響がある
  • 大量の樹木が伐採され、生態系や景観に大きな影響がある

などが大きな争点だ。

坂本龍一さんが、小池都知事に「樹木を犠牲にするな」と訴えた手紙

この3月に亡くなった音楽家の坂本龍一さんが小池都知事や政治家に手紙を送っていた。2月24日付の手紙は、「突然のお手紙、失礼します」で始まり、こう綴られていた。

「率直に言って、目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません。これらの樹々はどんな人にも恩恵をもたらしますが、開発によって恩恵を受けるのは一握りの富裕層にしかすぎません。この樹々は、一度失ったら二度と取り戻すことができない自然です」

坂本さんは、自分の住むニューヨーク市では、かつて市長が市内に100万本の木を植えるプロジェクトをスタートさせたことを例に出し、他の都市でも植林キャンペーンが進んでいるとする。そして、世界はSDGsを推進しているのに、神宮外苑はとても持続可能とは言えないではないかと。 手紙は、神宮外苑を未来永劫守るために「日本の名勝」と指定することを求めていた(GLOBEより)。

この手紙が共感を呼び、坂本さん亡き後も、運動が広がる。

全体で3,000本以上の樹木が伐採される

計画によると、神宮外苑地区には、高さ3メートルを超える樹木が約1,900本あり、その多くが樹齢100年を超えているとされている。そのうち、約900本が伐採、または植え替えられるとしている。のちに事業者は伐採を743本に減らすと変更したが、低木を含めると、3,000本を優に超えるともいわれる。

住民らが都に認可取り消し求め提訴

2月、周辺住民ら約60人(後に200人超)が、「イチョウ並木などおよそ3,000本を上回る歴史的な木が伐採され、景観が損なわれるほか、風害や騒音で生活にも影響が出る」として、都に認可の取り消しと、1人当たり1万円の賠償を求める訴えを東京地方裁判所に行った。

原告男性は「神宮外苑のイチョウ並木でぎんなんを拾ったり、自転車に乗る練習をした思い出がたくさんあります。そういう場所が再開発されることは許せない思いです」と話す。

信濃町東歩くと新国立競技場に
杉本裕明氏撮影 転載禁止

原告には、周辺住民約40人のほか、反対運動の先頭に立つ米国人コンサルタントのロッシェル・カップさん、竹内昌義・東北芸術工科大学教授、齋藤幸平・東京大学大学院准教授、明日香壽川・東北大学教授ら学識者が並ぶ。

カップさんは「11万7,000人を超えるオンラインの反対署名が集まったが、都と事業者が急いで進めようとするため、訴訟を起こすしかなくなった。いったん立ち止まり、大切な公共資産である神宮外苑をどのようにすべきか、みんなで考えてほしい」と語った。(NHKニュース)。

6月、第1回の口頭弁論があり、原告らは訴状で、「伐採・移植される樹木は3,000本を上回る」とし、不十分な環境影響評価書を基にした都の認可は裁量の逸脱または乱用としている。一方、都は訴えを退けるよう求め、全面対決となった。

「日本の公共空間を代表する文化的遺産」

ところで、明治神宮外苑の再開発計画は2015年に公表されていたが、伐採される樹木の詳細が明らかになったのは2022年1月と、工事が始まる前年になってからだった。樹齢100年を超える樹木も多く、大量の伐採を知った周辺住民や学者たちから反対の声が続々とあがった。

イチョウ並木について、ユネスコの日本国内の諮問機関「日本イコモス国内委員会」は2022年10月、「近代日本の公共空間を代表する文化的資産」として、公的な保全の対象となる「名勝」への指定を求める提言書を都に提出した。

軟式球場の向こうに重要文化財聖徳記念絵画館が見える
杉本裕明氏撮影 転載禁止

事業者は「すべてを保全する」とするが、イコモスは隣に新神宮球場が建てられれば、樹木が枯れることも懸念されると指摘した。開発が始まった3月にも再度、「再開発計画の見直しを求める声明」を出した。

「イコモス国内委員会は、一昨年来、この計画が明らかになってくると、現地調査を何度も繰り返し、再開発事業が、良好なまちづくりを装いながら、イチョウ並木をはじめ、これまで多くの方々の努力で守られてきた樹林豊かな外苑の空間を大きく損なうものであるとの確証を得るに至りました。それは環境影響評価にあたった事業者による報告と相いれるものではありません」

そして、「都市計画事業とはいったいだれのためにあるのでしょうか。日本イコモスは、東京都及び事業者各位に対し、近隣都民の方々の声はもちろん、神宮外苑を大事にされる方々の声、そして世界各国の皆さまから寄せられる声を広く受け止め、この再開発計画を一日も早く、かつ全面的に見直す方向に転換されることを、限りなくつよく求めるものであります」と結んでいた。

見事なイチョウ並木の右隣と周辺に高層ビルが林立する
杉本裕明氏撮影 転載禁止

信濃町からJRで新宿へ。京王線に乗り換え、西に向かう。分倍河原駅で下車し、旧甲州街道を西に歩くこと10分。旧甲州街道と交差する分倍通り516メートルの歩道は、かつてあったイチョウの街路樹47本すべてが伐採され、見る影もない。代わりに残った30本近くの電柱だけが目立つ。

神宮外苑の伐採に比べれば、ごく小さい空間である。しかし、地域住民が長年親しんできた街路樹だ。大気汚染を緩和し、雨水を貯水し、火災の延焼を防止する役割も担う街路樹が、なぜ、住民の知らないうちに伐採されたのか。

次回は、その経緯を掘り下げてみたい。

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