コロナ感染まん延の中でごみを扱うエッセンシャルワーカーの活躍(上)
杉本裕明氏撮影 転載禁止
新型コロナウイルスが猛威をふるう日本列島。3回目のワクチン接種が行われているが、感染性の強いオミクロン株の流行によって感染者が580万人を超え、死者は2万6,000人を超えています。感染を防ぐために多くの企業がテレワークを採用し、人との接触を減らすなか、人や感染のおそれのあるモノとの接触が避けられない職業についている人たちがいます。
社会の機能を維持するためになくてはならない仕事から、この人たちのことを「エッセンシャルワーカー」と呼ばれます。老人ホームの介護ヘルパー。看護師。駅員。タクシーの運転手。宅配便や郵便物の配達人――。そして、家庭や病院から出たごみを収集し、処理したり、駅の構内やビルで清掃に従事したりする人たちも重要なエッセンシャルワーカーです。
コロナウイルスは、皮肉なことにこれらの人たちに光をあて、そのかけがえのなさを私たちが知ることになりました。不安を伴いながらごみと格闘する人たちの話に耳を傾けてみましょう。
ジャーナリスト 杉本裕明
目次
自宅療養者の爆発的増加
東京都立川市の多摩モノレールの立飛駅の隣に、都がプレハブの住宅と20台のキャンピングカーを整備している。家庭内感染の可能性のある無症状者の対象施設で、全部で65床ある。順次拡大、300床に増やすという。
2月に会見した小池百合子知事は「いち早くスペースを確保ということで、キャンピングカーを確保しました。有意義な時間をすごしていただきたい」。共用施設やシャワー室、フィットネス設備もあり、都は隣の高松駅の隣にも300~350床の規模の設置を進めている。都は、療養施設としてホテルを借り上げ、30カ所、77,790室を確保している。
プレハブ住宅は、爆発的に増えている自宅療養者の家族内感染を防ぐためのものだが、オミクロン株によるコロナウイルス感染者の急上昇に追いつくかどうか。
それとともに懸念されるのが、感染者が触ったモノがごみとして家庭から排出されることだ。本来なら感染性廃棄物として回収し、処理されるべきものだが、感染者が出したごみでも、医療機関から排出されたものではないことから、一般のごみ扱いされている。
「ごみに触らないように」
全国の市区町村は、ホームページや広報紙などで、新型コロナウイルスの感染者や疑いのある人が自宅療養している家族に注意喚起している。
例えば、東京都港区はホームページで「新型コロナウイルスなどの感染流行時に、鼻水などが付着したマスクやティッシュなどのごみを捨てる際は、以下の点を心がけてごみを出すよう、ご協力をお願いします」と呼びかけています。
- ごみ箱にごみ袋をかぶせ、いっぱいにならないようにしましょう
- ごみは、いっぱいになる前に早めに出しましょう。
- ごみに直接触れることのないよう、しっかり縛って出しましょう。
- ごみは、空気を抜いてからしっかり縛って出しましょう。
- 万一、ごみが袋の外面に触れた場合や、袋が破れている場合は、ごみ袋を二重にしてください。
- ごみを捨てた後はしっかり手を洗いましょう。
- 石けんを使って、流水で手をよく洗いましょう。
家庭ごみを捨てる際の注意点
- 感染している方または感染が疑われる方が飲み終えたペットボトル(キャップ含む)や資源プラスチックは、例外的に「可燃ごみ」で出してください。
- ごみ袋を集積所に出す際は、しっかりとごみ袋の口をしばってください。
- ご使用になられたマスク、ティッシュなど感染拡大のおそれのあるごみは、ビニール袋に入れて密閉してからごみ袋にいれてください。
- ごみ袋の空気を抜いて出してください。
- 生ごみは水切りをしてください。
- 集積所に出したごみがカラスなどに荒らされることのないよう、対策のご協力をお願いします。
- 路上や公園・民有地などへのポイ捨ては絶対にやめましょう。
参考:港区ホームページ 新型コロナウイルス感染拡大に伴うごみの収集等について
ごみ行政を所管する環境省は、都道府県を通じて全国の市区町村に港区が呼びかけたような内容を示している。
- ごみ袋の空気を抜いて出す(破裂防止につながる)
- ごみ袋はしっかり縛って封をする
- 生ごみは水切りをする
- 普段からごみの減量を
- 自治体の分別・収集ルールの確認
参考:環境省 新型コロナウイルス感染症に係る廃棄物対策について取りまとめた資料
しかし、どの家庭もそれを守って出してくれるとは限らない。ごみを収集する人たちは、どんな気持ちで仕事をしているのだろうか。
手袋とマスクつけ、ごみに直接さわらない
ごみ収集にはふつうこうしたパッカー車が使われる杉本裕明氏撮影 転載禁止
感染者がいる家庭も、いない家庭も同じように、家庭ごみを玄関先や集積所に出し、ごみ収集車が回収している。東京都内でごみ収集をしている人はこう言う。
「感染者のいる家から出たごみは感染リスクがあるから、本当は別々に出してほしいのです。でも、感染者のいる家庭がどこかを知ることはプライバシーの侵害になるし、別々に分けて集めるとなると、人や車両のつごうで難しい。だから区別せずに集めるしかありません。手袋とマスクをつけ、ごみに直接さわらないように気をつけて集めています」
ごみ収集している人たちがどれぐらい気をつけているのか、東京都小平市の吉田組の吉田学専務に聞いた。
吉田組は加藤商事など3社と組合をつくり、東大和市と小平市の家庭ごみの収集運搬作業を担っている。感染防止のために、パッカー車の乗務員(1台2人)が他のパッカー車の乗務員と接触しないように、収集のスタート時間をずらしている。詰め所の中をブルーシートで分け、車の乗務員が他の車の乗務員と接触しないようにし、会話も禁止している。小平市の本社と東大和市の営業所の往来もやめ、連絡や相談はパッカー車の無線電話で行っている。「従業員には毎日マスクを配り、クリアグラスも配布しました。誰かが感染したら収集作業は崩壊してしまうからです。コロナウイルス感染が広がりだしてから、作業員たちは半透明の可燃袋の中身が気になってしようがない。マスクとティッシュの量が目立ちます」と、吉田さんは言う。
収集現場でごみ袋を見ると、マスクがかなりめだつ。収集の仕事は、見た目には単純にごみ袋をつかんでパッカー車に放り込んでいるように見えるが、違う。ごみ袋の中には思いもかけないものが紛れ込んでいる。例えば注射針やスプレー缶のような危険物。
家庭から出た感染性のあるごみの行方
コロナウイルスの感染が最初に流行した2020年の4月21日。都清掃労働組合の中里保夫委員長と多田修一郎書記長が環境省を訪ねた。
廃棄物適正処理推進課の山田浩司課長補佐に「収集作業に当たっているみんなは感染性の廃棄物が含まれていると受け止めており、ストレスを抱えて働いている」と作業員らの状況を話し、作業員らに対するマニュアルを示してくれるよう要望した。
環境省もすぐに動いた。間もなくマニュアルとチラシが同省のホームページにアップされた。
多田さんは「23区には清掃事務所が1つしかない区が八つもある。神戸市の清掃事業所でクラスターが発生し閉鎖されたが、他に幾つも事業所があってカバーできた。こちらの区で起きたら家庭ごみ収集は一気にパンクする」と不安を口にした。
杉並区ごみ減量対策課の福羅克巳管理係長は「マスク、手袋、手洗いの徹底のほか、休憩室の3密を防ぐために会議室も使って部屋を増やし、仕事が終わったら休憩室で終了時間まで待たず、すぐに自宅に帰り、待機してもらう形をとっています」と語る。
発生したクラスター
多田さんが心配したようなことは最初、神戸市で起きていた。
2020年4月、家庭ごみを収集する須磨事務所で15人の集団感染が起きた。60人が勤務する事務所は約2週間閉鎖された。原因は不明のままだが、クラスターの発生で収集機能が一気に崩壊することの恐怖を全国に知らしめることになった。
市環境局事業課は「その間は他の事業所でカバーしました。接触を防ぐために2班に分けて出勤時間をずらし、保健所の指摘を受けて仕事の終了後に風呂に入っていたのをやめて帰宅させ、研修扱いにしました」と筆者に語った。
環境省は、冒頭に述べたように、感染者がいる家庭から出たごみは、ごみ袋を二重にし、ペットボトルや容器包装、ビン、缶、紙製容器は、コロナウイルスがなくなるといわれる1週間保管してから可燃ごみで出すことを呼びかけている。
当初は自治体の動きが鈍く、多くが環境省のチラシを転載するだけだった。しかし、感染拡大が続き、自宅療養者が増えるにつれ、独自にホームページに記載し、注意喚起を促すようになっていった。
収集現場ではその後、大阪市の収集の現場でクラスターが発生した。市は他の事業所から人を回して何とか乗り切ったが、感染原因はいまもわかっていない。
さらにその年の暮れには台東区の清掃事務所でクラスターが発生し、区は他の清掃事務所から応援を出して乗り切ろうとしたが、人数が確保できず、不燃ごみの収集業務を2週間停止せざるをえなくなった。
清掃現場でクラスターが幾つも発生すると、収集や焼却処理ができなくなるおそれがある。もし、そうなれば、家庭ごみの収集ができなくなり、社会生活の基礎が一気に崩れる。私たちは、ごみを出せば、だれかが持って行ってくれると思いがちだが、実はこんな綱渡りの状況が続いているのである。
東京都の高層ビルで
東京駅周辺の高層ビル群を歩いた。
多くのビルが飲食店などのテナントが閉鎖されたころとは違い、かなりの店舗が営業しているが、以前のようではない。ビルに入る企業は、テレワークが普及し、出勤する社員の数は大幅に減ったままである。
ある高層ビルの地下で作業をしていた作業員から話を聞いた。飲食店、ブティックなどの商店、事務作業をしている会社から、毎日大量の廃棄物がここに持ち込まれる。この地下で選別し、紙、プラスチック、ビン、缶などの資源は資源業者に売却、生ごみなどの可燃ごみは別の業者に回収してもらっている。
「緊急事態宣言のころはひどかった。毎日、たくさんのトラックやパッカー車がやってきたのがウソのようです。10年以上ここで働いているが、こんなことは初めてでした。いまは、かなり回復していますが、それでも以前とはずいぶん違います」。作業員が嘆いた。もちろん、手袋とマスクをつけている。飲食店から出た食品廃棄物もあり、慎重に作業を続けている。
60代の別の作業員が言った。「店舗によって、しっかりやっているところと、こちらでやり直さないといけないところとかまちまちです。廃棄物は直接さわらないように気をつけています」。
一時期、5人でやっていたのを3人に減らし、交代で自宅待機してしのいだという。そのころは、廃棄物は通常に比べて10分の1に減り、作業はあっという間に終わってしまっていたという。
最後に作業員が言った。
「雇ってくれた会社には感謝しています。仕事が減っても首にならずにすんだから」
大阪の地下街で
大阪の地下街を歩いた。
休業要請があった時期、その影響を受けたのは、飲食店だけではなかった。そこから出るごみを集めていた業者も大きな被害を被っていた。
飲食店や商業施設から出る事業系ごみが大幅に減った2020年5月、大阪市内の事業系一般廃棄物の収集・運搬業者約270社でつくる「大阪市一般廃棄物適正処理協会」の林博之会長らが市役所を訪ね、「このままでは生活環境と公衆衛生を守り続けることができなくなる」市議会に陳情書を出した。
- 支援金などの経済的な支援
- 市に払う料金の免除・減額または延納
- マスク・消毒液などの感染予防必需品の優先的確保と支給
などを求めた。
協会に加盟する業者は飲食店や商店、商業ビルなどから排出された事業系一廃を回収している。個別契約でごみの排出量と収集回数で料金が決まっているが、自粛の影響で3月から排出量が激減。浪速区にある林会長の会社は飲食店関係が多く、収集量が半減、役員報酬のカットや従業員の一部の自宅待機などでしのいだ。
いまは、開店営業する店が増え、ごみもそれなりに回復傾向にあるが、コロナ以前には戻っていない。
協会の宮崎義春事務局長は「元々大阪の飲食店や商店は海外から来た客によるインバウンド景気に頼る面が大きかったので、緊急事態宣言が解除されたからといって元に戻ったわけではない」と話す。
協会では感染を防ぐために、
- ドライバーの時差出勤
- 普段2人のごみ収集車を当分ワンマンに
- 朝礼、集会の廃止と事務連絡をメールに切り替え
- 事務所に1人ずつ入り、他は車内で待機
――を会員に実行してもらっている。
感謝の手紙に感激
2020年4月、当時の小泉進次郎環境大臣は、記者会見でごみ収集に携わる人たちに感謝の言葉を、ごみ袋に書こうと提案した。これがマスコミで報道されたこともあって、全国の清掃現場に市民から大量の感謝の手紙が届いた。
家庭から出すごみ袋に添えたり、直接、清掃労働者に手渡したり、市役所に郵送したり。やり方はまちまちだが、子どもからお年寄りまで、様々な層が反応した。
エッセンシャルワーカーのことが話題になった時期と重なったことも影響したのかもしれないが、人々は、日頃、見失いがちだった日常生活を支えている人々への視線を取り戻したことに意義があった。
やたらとテレワークがもてはやされているが、そうではない人たちの働く現場があり、それは自分たちの生活とつながっているのだということを。
家庭ごみを収集している吉田組の営業所(東大和市)にも手書きの紙が何枚も貼りつけられていた。
「いつもありがとうございます。感謝感謝です」
「大変なお仕事ありがとうございます。この様な世の中でも日々休まず収集していただき感謝いたします」
「新型コロナウイルス感染拡大の最中、ゴミ回収をしていただき大変ご苦労様です」
「感謝です!」
杉本裕明氏撮影 転載禁止 その隣には、コロナの注意事項があった
杉本裕明氏撮影 転載禁止
吉田学専務が言う。
「玄関に貼ったりごみ袋の上に置いたり。うれしくて、職場に飾ることにしました」
加藤商事(東村山市)も多摩地域の4市の家庭ごみの収集をしている。
加藤宣行社長は「家庭に感染者がいてもどの家庭なのかがわからないところが、収集・運搬を担う私たちにとって一番心配な点だった」と言う。約270人いる社員が感染しないようにマスクや消毒を徹底し、三密(密閉、密集、密接)を避けている。
一方で、「こんなものをもらうとうれしいですよ」と、コピーの束を見せてくれた。
「回収業者様 危険と隣り合わせの中、回収して下さりありがとうございます。感染拡大していますが、ご自身の身を守ってお仕事頑張ってください」
「大変な時期、普通に生活できるのは皆様のおかげです。ありがとうございます」
「いつもありがとう。コロナ気をつけてね」
子どもや主婦、老人。様々な人たちがマジックやペンで紙に書いたものだ。
「危険と隣り合わせにいる社員たちの励みになります」と岩崎和夫事業統括部長と嶋崎淳環境保全事業部次長が語った。
自治体にも届いた
自治体の清掃事務所や役所にも感謝の手紙が届いた。 渋谷区のホームページを見ると、感謝の手紙が紹介されていた。
「ゴミを片づけて下さるみなさまへ いつも本当にありがとうございます」
「雨の中、ありがとうございます」
「私達の環境を守っていただきありがとうございます」
渋谷区のホームページより
参考:渋谷区公式サイト 新型コロナウイルスに関するごみ収集等について
岡山県備前市はホームページで紹介した。
「気温の変化の日々です。健康に気をつけてお体を大切になさってください」
「感謝 大変な時にありがとうございます」
「新型ウイルス禍の中ゴミ収集に感謝します。ありがとうのひと言ではたりない。ありがとう ありがとう」(どんぐりクラブ一同)
市は「ごみを収集している環境センター職員への感謝の手紙、ねぎらいのメッセージをいただき、ありがとうございます。今後も、皆さんの心温まるメッセージを励みにし、コロナウイルス感染拡大防止に努めながらごみ収集を継続してまいります」としている。
参考:備前市ホームページ <新型コロナ>ごみ収集に感謝 市民から作業員に手紙
ごみ収集車にお礼のメッセージ
大阪府八尾市では、市民から感謝の手紙や声をもらったお返しに、職員らが作成した「たくさんの応援メッセージありがとうございます」と「新型コロナウイルス感染予防促進」のメッセージポスターを、ごみ収集車の側面パネルに掲載した。
メッセージポスターをつけた大阪府八尾市のパッカー車八尾市のホームページより 八尾市のメッセージポスター
八尾市のホームページより
参考:八尾市 市民のみなさんへの「感謝の思い」と「新型コロナウイルス感染予防促進」のメッセージポスターを掲載したごみ収集車が走行中!
練馬区職員で収集現場の班長、中村義宣さんは、コロナ感染のリスクについて、「私自身も不安ですし、家族も心配しています。感染させてはいけないってプレッシャーはあるんですけど、最低限の手洗いやうがい、消毒くらいしかやれることはなかったですね」。
練馬清掃事務所だけでも500通以上にのぼったという。
「お年寄りが書いたものもあれば、お子さんが描いたような絵もあったりして。いろんな方々が私たちに対して感謝の手紙をごみ袋に貼りつけてくれていました。たくさんいただいて、私たちも励みになりました」(NHK首都圏ナビ Webリポート2020年12月10日)
参考:NHK 新型コロナで家庭ごみ増加 マスクも飛ぶ 収集の現場
ちょっとしたブームになった感謝の言葉。いまは、ほとんどなくなってしまったが、人々の記憶の片隅に、いまもその感謝の心が残っていることだろう。
続きはコチラからコロナ感染まん延の中でごみを扱うエッセンシャルワーカーの活躍(下)
新型コロナウイルスの感染者が入院している病院や軽症の感染者が宿泊療養しているホテルなどから出た廃棄物
新型コロナウイルスの感染者が入院している
参考・引用文献『産廃編年史50年-廃棄物処理から資源循環へ-』(杉本裕明 環境新聞社)