ルーマニアのジャマナ村はなぜ汚染湖に?赤い汚水に埋もれた原因

ルーマニアのジャマナ村はなぜ汚染湖に?赤い汚水に埋もれた原因

人間の手によって、自然が損なわれてしまった地域は数多く存在します。 中でも、ルーマニアのジャマナは、汚染された村として有名です。

汚染村とまで言われるジャマナ村では、赤い汚染水や泥に埋もれてしまうよう、大規模な環境破壊がありました。 ジャマナ村の汚染湖と環境破壊の原因をご紹介します。

赤い湖!汚染されたジャマナ村

ジャマナ村は、ヨーロッパの南東部に位置するルーマニアの村では、かつては美しい自然が広がっていました。 しかし、現在は汚染された村として、ほとんど人も寄り付かないほど、深刻な環境問題に悩まされる地域となってしまいました。

どのような状況かと言えば、猛毒とも言える汚染水と泥に埋もれ、村は汚染湖となっているのです。 現在のジャマナ村は、かつての穏やかな暮らしは想像できないほど、血のような赤い色をした巨大湖でしかありません。 その泥は酸性であり、有毒ガスも発生しています。

村の名残は泥の中から一部を確認できる教会と数少ない民家だけという、寂しく不気味な光景です。 ジャマナ村で、いったい何が起こり、このような汚染湖になってしまったのでしょうか。

ジャマナ村が汚染の原因は銅の発掘

ジャマナ村が汚染されるきっかけは、1977年に地下発掘場の開発が決定したことでした。 ジャマナ村のすぐ近くには、今でもルーマニア最大の銅の埋蔵地である、アプセニ山脈があったのです。 その発掘場では、多くの有毒廃棄物を処理する必要がありましたが、設備には莫大な資金が必要でした。

しかし、住民や自然への影響よりも利益が優先されることになり、汚染された水を村に流すことになります。 ジャマナ村は谷間に位置し、廃棄物の受け皿として最適だと判断されてしまったのです。

そのため、当時の政権はジャマナ村の住民を強制的に立ち退きへ。400もの家族がジャマナ村を追い出されました。 それからも、採掘は続き、汚染水も流れ続け、赤い湖は巨大化して、村を飲み込んでしまったのです。

強引な政策が環境汚染を引き起こした

ジャマナ村は、なぜこれほど強引に環境汚染に晒されてしまうことになったのでしょうか。 それは、当時のルーマニア政権のトップだった政治家、ニコラエ・チャウシェスクによる独裁政治の方針によるものでした。

チャウシェスクは1960年代から80年代にかけて、24年もの間、ルーマニアで独裁政治を行いました。 政権獲得時は国民から高い支持を得ていましたが、強権的な統治や個人崇拝、過激な政策も目立ちました。

ジャマナ村の開発も、国力強化のために行った、過激な政策の一つだったのでしょう。 80年代になると、チャウシェスクの人気は低下し、89年に起こったルーマニア革命によって、政権は打倒されます。 チャウシェスク自身も、処刑されました。

このように、時として人類は、利益を求めて強引に自然を破壊してしまうことがあります。 チャウシェスクが倒れてから、30年以上も経過しましたが、同じことが起こるかもしれない、ということは否定できないことです。

ジャマナ村の悲劇が繰り返されないように

このような大規模な環境破壊を私たち個人の力によって止めることは、非常に難しいことです。 しかし、私たちが環境破壊の恐ろしさを知り、エコや節約を心がけ、必要以上に求めることがなければ、このような事態を抑えられる可能性は十分にあります。

個人で行うエコや節約は、面倒だと思ってしまうこともありますが、これから今の生活を保つためには、必要な心がけです。 ぜひ、ちょっとしたことからでも、エコや節約にチャレンジしてみてください。

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