服のリメイクでファッションに新たな価値観を Mend It Mine設立者 杉浦由佳さんインタビュー
ファッション産業は多くの環境問題や社会問題と関係することから、その在り方が問われています。 Mend It Mine設立者、杉浦由佳さんはメンディング(服のリメイク・リペア)によって、ファッション産業に新たなムーブメントを起こそうとしています。
杉浦さんに服を無駄にしないMend It Mineの活動や、ファッション産業の問題点についてお話いただきました。 また、メンディングから生まれる新しい価値観や、これからのファッションの楽しみ方についてなど、詳しく伺いました。
海外で痛感したファッションに対する意識の違い
――メンディング(服のリメイク・リペア)ムーブメントを広げる団体「Mend It Mine」を立ち上げた杉浦さんは、環境問題に関心を持ったことがきっかけで活動を始められたと聞いています。環境問題に関心を持つまで、どのような経緯があったのでしょうか。
幼いころから動物が好きで、テレビで野生動物のドキュメンタリーを見たり、動物に関する子供向けの本を読んだり、近場の自然公園に遊びにいったりしていました。そこで、地球温暖化や生物多様性の減少といった、環境問題を自然と認識していました。 中学生になると野生動物の保全に関わりたいと考えるようになり、大学ではそれにアプローチできる分野である生態学を専攻しました。さらに大学4年生になってから気候変動の団体に入り、環境問題について幅広く学ぶことになりました。
着る機会の減っていた真っ白なシャツに刺繍を施し、オシャレな一枚に(大屋佳世子さんの作品)。ファッション産業による環境問題にフォーカスしたのは、シアトルに留学したときのことです。 環境意識が高いことで知られているシアトルで、学生を対象にした環境ビジネスコンテストに参加する機会があったのですが、このときにファッション産業を取り上げようと決めました。 なぜ、ファッション産業に決めたのかと言うと、シアトルでは服の選び方においてもエシカルを意識する人がおり、新鮮だったからです。 私もエシカルな服を選ぼうという意識を持ち始めましたが、どこのブランドが良いのか判断できず、値段も高いものが多いことから、とても難しく思っていました。これを解決するようなプラットフォームがあれば、という着想があり、コンテストに一緒に参加した仲間たちに提案したところ同意してくれました。
これがきっかけで、ファッション産業が環境にもたらす、さまざまな悪影響を知り、強い興味を抱きました。日本に帰っても自分で調べてみたり、その方面に詳しい知人と話したりと、知識を積み重ねた結果、この問題の解決に何かしらの方法で関われないか、と考えるようになったのです。
メンディング(服のリメイク・リペア)を広める「Mend It Mine」の立ち上げ
――そこからメンディング(服のリメイク・リペア)をするMend It Mineの活動が始まったのだと思いますが、立ち上げにはどのような経緯があったのでしょうか。
きっかけは、自分の洋服のメンディングにチャレンジしたことでした。ファッション産業があらゆる側面に問題をもたらしていると知ってショックを受けていたとき、自分の部屋にも多くの問題の一因と言える服が何着もあることに気付きました。 中には長く着ていないものもあり、くたびれているものもありましたが、この問題を知ったからには捨てるという選択はできませんでした。
エシカルなブランドから服を買うことはいいことですが、既に服があるのに買い直すこともおかしいと感じ、どうしたものか…と考えたときに、一着の古いコートが目に入りました。 そのコートは一部分がボロボロになっていましたが、それ以外は目立った汚れもなく、生地もしっかりしていました。部分的に傷んでいるだけなのに、捨ててしまうのはもったいないことです。 そこで、自分で直してみようと考え、フェルトやテープなどちょっとした材料と、糸と針を使って傷んだ部分をメンディングしてみました。
完成したものを見たとき、意外に悪くないと感じ、デザイン的にもおかしくなかったので、とても嬉しかったのを覚えています。 そして、裁縫の知識が特にあるわけではない私がメンディングしても、ある程度の形にできたのだから、もっと多くの人にもできるだろうと考えました。 しかし、日本では服をメンディングするという考えは、それほど普及してはいません。だったら、それを広げてみよう、と思って動き出しました。
メンディングには、ボタンをつけたり、アップリケをつけたり、ダーニングをしたりと、色々な方法がある。最初、私はファッション産業に関係するネットワークはありませんでしたが、知人から似たような考えを持った人を紹介してもらい、2020年の7月にたった3人でMend It Mineを立ち上げました。 さらに、海外留学を経験した学生が集まるコミュニティでも関心が高い人たちを誘ってみたところ、予想以上に多くのメンバーが集まりました。 今は中心で活動しているメンバーだけでも10人ほど協力してもらっています。
メンディングが生む新たな価値観
――Mend It Mineの具体的な活動内容や、理念を教えてください。
私たちは、メンディングを「汚れたり、穴が空いてしまったりした服を直すこと。自由な発想でリメイクすること」と定義しています。エシカルに作られた服を買うことも大切ですが、既にある服を長く着ることも、環境や社会にとって同じくらい重要です。そのため、メンディングというアクションをより多くの人に知ってもらい、実践してもらいたいと考えています。
具体的な活動の1つは、インスタグラムでさまざまなメンディングの方法を発信することです。 服のメンディングはまだ広く定着していないので、やり方を探すのにも苦労することがあります。例えば、服のリメイクについてネットで検索しても、手芸の技術が高い人の作品ばかりが出てきて、私が見る限りではちょっとした手直しといったレベルのものはありませんでした。 私が初めて挑戦したときみたいに、ミシンも使わないような簡単なメンディングの方法が広く共有されれば、多くの人が取り組めるのでは、と考えています。他にも、メンディングに関するワークショップや展示、トークイベントでの環境問題に関する発信も行ってきました。
エコバッグを作るイベントを開催。バッグが壊れたときに直す方法も伝えた。理念としては、服をメンディングすることでクリエイティブな作業を楽しみ、それを身に付けることで自分の生活に喜びを感じてほしい、ということがあります。 これは服だけではなく、全般的なものとの付き合い方について新しい価値観を生むと考えています。 環境のことを考えて、ものとの付き合い方を変えることは素敵なことです。しかし、無理に消費を抑えようとすると苦しく、結局続かなくなってしまいます。その上、続けられないことに対して、罪悪感に駆られてしまうこともあるでしょう。 それよりは、自分にとって気持ちいい形でものを減らし、楽しく自然な形で環境への負担を抑えられた方がいい。 その方法が「ものに愛着を持つ」ということではないか、と考えました。
東京・墨田公園で開催された展示イベントにて。メンディングにより服を手直しすると、手をかけた分、今まで以上に愛着を持てるので、着ることが楽しくなり、捨てることにも抵抗が強くなると思います。 そういう感覚をあらゆるものに対して持てれば、ちょっと傷付いたとしても、直せるなら直して使い続けるとか、それも思い出の印として大切にしようとか、そういう風に考えられるのではないでしょうか。 そういった考えを多くの人に持ってもらうためにも、メンディングを広めたいと考えています。
それ以外にも、ファッション産業のシステムをサスティナブルな方向へと向かわせる取組ができたらいいな、と考えています。現在、ファッションデザイナーの方や企業と少しずつ話を進めているところです。
メンディングによりアプローチできる環境問題は数多い
――Mend It Mineの活動はどのような環境問題と繋がっていますか。
大きいところでは、ファッション産業の大量生産・大量廃棄の問題の解決に貢献できると考えています。そもそも、ファッション産業は多岐に渡る社会課題と結びついています。二酸化炭素排出やゴミ問題などは想像がつきやすいかもしれませんが、例えば水問題にも関係があります。染色などの服の製造過程では様々な化学物質が利用され、川や海に流れ込むと水を汚染します。こうした物質は、労働者にも健康被害を及ぼしています。また、服を作るには材料となる綿花が必要ですが、その栽培では大量の水が使われ、周辺の生物のくらしを脅かします。さらに、栽培過程で利用される農薬は自然環境と労働者の健康の双方に深刻な被害を引き起こしています。その他、工場の労働問題も根深く、服生産の大きな需要に応えるために、いまだに劣悪な環境の中、低賃金で働かされている人々がいます。ラナ・プラザの悲劇はその最たる例です。
ファッション産業はこれだけ幅広い課題を抱えていながら、毎秒トラック1台分の衣服が埋め立て・焼却処分されていると言われています。大量生産・消費をやめることの重要性は言わずもがなでしょう。Mend It Mineでメンディングを提案している背景には、服を長く大切にすることで、大量に買って大量に捨てるのとは異なるファッションとの付き合い方を伝えたいという思いがあります。
一方、課題が大きすぎて、個人のメンディングというアクションにどれだけ意味があるのだろうか、と思う人もいるかもしれません。確かに、個々のアクションが与えるインパクトは小さいかもしれませんが、私たちが目指しているのは、その先にある「価値観の変容」です。
環境問題や社会問題の解決おいて、個人レベルのアプローチとシステムレベルのアプローチのどちらが重要なのか、という議論が交わされることがあります。私自身の考えは、「その両方」です。最終的には社会のシステムが変わる必要がありますが、そこでは大企業などのトップダウンのアプローチが必要です。しかし現在、そうした企業の力はまだ十分でないと感じています。そうであれば、「サスティナブルな素材を選ぶ」とか、「長持ちする良質な服を選ぶ」といった潮流が世の中に生まれてくる必要があります。潮流が生まれるには、人々の価値観の変化が不可欠です。「メンディング」というアクション自体が環境に優しいのはもちろんですが、それが人々の考え方を変えることで、大きなボトムアップの力が生まれるのではないかと思うのです。
人々の価値観変容と社会システムの変革。その両方が必要という中で、現在のMend It Mineの活動の中心は前者ですが、将来的にはシステムの変革についても行動を起こしていきたいと考えています。
――最近ではサスティナブルやエシカルを謳う企業も増えています。それらが形だけの取り組みではないか、という声も耳にしますが、その点についてはどうお考えですか。
確かに取り組みが表層的になっていることもあると思います。しかし、日本は他の先進国に比べて、サスティナブルとかエシカルについて意識がまだ低いので、そういった言葉を知って、世界的にもそういう流れがあると認識し始めたことだけでも、良いことだと思っています。 言葉が先行して、サスティナブルやエシカルの何がいいのか、ということまではわからない人だっているかもしれませんが、その辺りは自身の価値観や暮らし方につなげなければ、効果は薄いように感じています。
例えば近頃では「丁寧な暮らし」というトレンドがありました。これはコロナ禍の中で、人々が日常を大切にして幸せを見出そうと自然に発生したものだと思います。 サスティナブルやエシカルは誰かから押し付けられて取り入れるよりも、生活と結び付けて個々人の幸せと掛け合わせるように定着していく方が、自然であり本質的に変われるのではないでしょうか。
お洒落とサスティナブルの両立
――大量生産・大量消費よりもサスティナブルやエシカルが強く謳われるこれからは、ファッションを楽しむことは今まで以上に難しくなるかもしれません。どのようにファッションとサスティナブルを両立するべきなのでしょうか。
私は「環境問題に配慮すると、お洒落はできなくなる」という思い込みは少し違うかなと思っています。サスティナブルなライフスタイルを持ちつつ、お洒落を楽しむことは可能であると考えています。 なぜなら、ファッションの本質的な点と、サスティナブルなスタイルには共通する部分があると思うからです。ファッションの本には、「お洒落を楽しむのであれば、自分のスタイルを持ちましょう」とよく書かれています。 お洒落の楽しみ方を知っている人は、ひたすらトレンドを追ったり、大量の服を持ったりするのではなく、自分に似合う服の形や色を理解している、ということです。 自分に何が合うのか理解していれば、無駄に服を買うことがなくなり、持つ数が抑えられて、サスティナブルなあり方に繋がりますよね。
襟元に刺繍の花を添えて、シンプルな古着をワクワクする服に(眞田ハンナさんの作品)。さらに、お洒落を意識すると、質の良いものに関心が湧いてくることが多いと思います。良質な服は安価なものに比べて長持ちしますし、大きな値段を払った服は大切にしたくなるはずです。同じ1万円を使って5着買うよりも、1着だけ買った方が思い入れも強くなり、長く着るようになるのではないでしょうか。
このように、ファッションの本質を考えると、サスティナブルなあり方と共通する部分が多く、これらは両立できるものだと考えています。 服がたくさんありすぎて悩むのではなく、愛せる服に囲まれて心が満たされ、最終的には環境にも優しい。 ファッションとサスティナブルな生活の関係が、そういう風に変わっていけばいいな、と思っています。
Mend It MineのInstagram → https://www.instagram.com/menditmine/
Mend It Mineの公式サイト → https://www.menditmine.com/
Mend It MineのTwitter → https://twitter.com/MendItMine
Mend It Mineのnote → https://note.com/menditmine
杉浦由佳(すぎうら ゆか)
Mend It Mine創設者。東京大学大学院農学生命科学研究科卒業。大学では生物多様性の保全を研究すると同時に、気候変動の国際会議に学生を派遣する団体の設立や、様々な若者組織での活動を通し、多方面からより良い社会の作り方を考えてきた。現在は、社会人1年目として活躍しながら、サスティナブルな社会を生み出す挑戦を続ける。