SDGs対応型建築の住宅開発に挑む信州大学・高村研究室
高村研究室提供 転載禁止
SDGs対応型建築の開発を掲げて活動するのは、長野市にある信州大学工学部建築学科の高村秀紀教授の研究室です。脱炭素社会を実現するためには、建物から出る温室効果ガスをいかに減らすかが大きなポイントです。建設業界では、ゼネコンなど大手の建設・建築業者が牽引役となって、取り組みを進めていますが、中小の業界の取り組みはそれほど進んでいません。
そこで高村教授は、地元の工務店と廃棄物処理業者に呼びかけ、住宅建設時に排出される建設副産物(廃棄物)の量や質を調べたり、導入した断熱材やよしずの断熱効果などを調べたりすることで、省エネ等を進めようとしています。高村研究室を訪ねました。
ジャーナリスト 杉本裕明
研究室の目標は、SDGs対応型建築の開発
長野市の善光寺の南側に位置する信州大学工学部。高村教授は、信州大学の卒業生で、いったん民間企業に勤めた後、研究の世界が忘れられず、信州大学に戻った。
研究室を訪ねると、高村教授が言った。「うちの研究室は、地球と人に優しい、SDGs対応型建築の研究開発を行っています。 感謝の気持ちと周囲への気配りを忘れずに、明るく元気よく粘り強く物事に取り組む学生を育成したいと思ってやっています」。
研究のテーマは、新築住宅に的を絞り、排出される温室効果ガスを調べたり、導入された省エネ機器の運転の改善や省エネアップにつながるような調査・研究を進めたりしている。
「大手の企業の取り組みは進んでいると思うのですが、中小の工務店などでは、まだ、意識もそれほどでなく、どうしたらよいか知識やデータを持っていないところも多い。そこを何とかし、底上げしたいと思いました」と、高村教授は言う。
「中小の建築業界に貢献していきたい」と語る信州大学の高村教授杉本裕明氏撮影 転載禁止
現場主義に徹し、理解のある工務店(株式会社ナガノ建築、株式会社ダイコク)、総合建設業の株式会社六協と廃棄物処理業者の直富商事株式会社の協力を得て、研究室の学生と大学院生と一緒に、住宅の建築現場を訪ね、測定・調査を重ねている。その結果は、学会に発表するだけでなく、実際に工務店側にも改善方法等を提案し、「地球環境の負荷を低減する建材の選択など実際に役に立つ」と、評判も上々だ。どんな研究をしているのか、幾つか紹介しよう。
建設副産物の端材の量を調べた
断熱材は、建築物の省エネ化にとって重要なもので、政府も補助金を出したりして奨励している。高村研究室(大学院生、上野大樹さん)では、新築時に端材として発生する廃棄物に着目した。
脱炭素化を進めるためには、省エネの効率化とともに、廃棄物の発生量の削減も大きな課題であるからだ。そこで高村研究室は、長野市内の工務店2社、廃棄物を処理する直富商事(長野市)の協力を得て、3つの住宅建築のケースを比較した。
研究室の大学院生らが2週間に1回、住宅3棟から発生した建設副産物(主に産廃)の実測調査をした。そして廃棄物を受け入れた直富商事の協力で、分別・サンプリングを行い、燃やすとダイオキシンの発生要因となるハロゲン含有を調べた。
建築現場で回収したものを測る高村研究室の院生たち高村研究室提供 転載禁止
断熱材の種類は、BA邸が、屋根がセルロースファイバー、壁と床がグラスウール。BB邸が、屋根と壁、基礎が押出法ポリスチレンフォーム。BC邸が、屋根と壁が高性能グラスウール、床が押出法ポリスチレンフォームだった。
断熱材の種類や工法で差があった
延床面積1平米当たりの副産物発生重量は、BB邸が約14キロ、BC邸が約16キロ、BA邸が約19キロ。いずれもがれき類が多かった。
BC邸のリサイクル率は90%で、断熱材をグラスウールにしたことで発生体積を減らす効果があった。BC邸から発生した副産物は8.6立米で、再資源化可能物が88%、将来的に再資源化可能が8%、再資源化不可が4%だった。再資源化不可を素材別に見ると、クロスが69%、ケイカル板が13%、タイルが8%、塩ビ管が6%など。
また、BB邸とBC邸のプラスチックに占めるハロゲン含有の比率を見ると、BB邸が51%、BC邸が48%、重さにして184キロ、69.6キロ(プラスチック総発生量がBB邸:184キロ、BC邸:69.6キロで、ハロゲン含有プラスチック量はBB邸:79.9キロ、BC邸:36キロ)だった(もともと家の大きさが違う)。
押出法ポリスチレンフォームは、端材の発生量が多いが、プレカット工法を採用すると端材の発生量が減少していることがわかった。今回の調査では、断熱材性能の向上と建設副産物の発生量とには相関関係を見いだすことはできなかったとしているが、材質によって、発生量が違い、プレカット利用により削減できることがわかった。
「よしず」の省エネ効果を調べる
日差しを遮る効果があり、昔からよく使われていた「よしず」。その省エネ効果を、高村研究室(大学院生、鍋田萌さん)が調べた。大学の講義棟の教室に設置し、日射遮蔽効果を省エネルギー性の観点で検証した。
まず、講義棟の各期間の日平均電力消費量とガス消費量を一次エネルギー消費量に換算した。その結果、夏期は、1日当たり8.79GJ(ギガジュール、仕事量、熱量及び電力量の単位、ジュールの10の9乗倍)、冬期は8.39GJだった。いずれもガスの割合が65.4%、55.8%と大きく、これはエアコンによるものだった。
これをもとに、南側によしずを設置し、日射量と気温の関係を見ると、よしずを設置した場合の方が、よしず近傍と外気温度の差が小さくなる傾向があり、よしずが日射量を抑制し、周辺温度を下げる効果があることがわかった。
窓からの熱流を削減するよしず
よしずは窓からの熱流を27.6W(1平方メートル当たり)削減し、64.5%の熱流を抑制した。よしずによる日射遮蔽により、特に日射による熱流が抑制されたことが、居室の冷暖房負荷の削減につながったと考えられる。
エアコンが消費するエネルギー消費量と比べると、一次エネルギー消費量は42.6MJ小さくなり、17.7%削減させる効果があることがわかった(代表日での算出)。1日、午前9時から18時に稼働した場合、1日で0.9立米のガスの消費量を削減できる可能性があることがわかった。
全館暖冷房システムを導入した住宅のエアコンは何度に設定したらよいのか
また、エアコンの使い方について、高村研究室(大学院生、竹内珠里花さん、太田修平さん)では、長野市の全館冷暖房システムのある住宅で、エアコンの運転条件を探求した。それによると、消費電力量が最小となる運転条件を、「間欠26度」、「連続26度」「連続27度」で比べると、連続27度が最も省エネ性が高く、二番目は連続26度だった。
省エネ最先端の上田市役所を評価した
高村研究室では、大学施設の他、長野県上田市の省エネ仕様にした上田市役所が、地中熱ヒートポンプを空調や放射冷暖房と組み合わせて使っていることから、その効果を調べている(大学院生、高村凌さん、株式会社石本建築事務所)。
こうした地道な調査と検証が、工務店などの建築業者の取り組みを促すことにつながり、それが、SDGs建築の実現につながる。
中小の業者に省エネ技術を伝える
SDGsを使い建築業界の未来を語る高村教授杉本裕明氏撮影 転載禁止
高村教授は、「ゼネコンが手がけるビルなどでは省エネの取り組みが進んでいるが、一般住宅を手がける工務店などでは、そのノウハウも少ない。そうした身近な住宅によりよい方法を取り入れるためにも、調査を続け、貢献する意味がある。調査に協力してくれた工務店は、環境問題に熱心な企業で、こうした事業者が増えていくことを期待したい。SDGsを名乗ったのは、こうした取り組みもSDGsの目指す社会につながると考えたからです」と話している。