そして、藤前干潟は守られた インサイドストーリー③

そして、藤前干潟は守られた インサイドストーリー③
藤前干潟とこどもたち
藤前干潟を守る会提供 転載禁止

藤前干潟を守る会の代表だった辻敦夫さんは、1996年5月、名古屋市が開いた第1回公聴会で、5番目に登壇し、名古屋市役所の幹部らと、詰めかけた市民に訴えました。辻さんは、鳥の専門家でもあり、干潟を守る運動を通じて干潟の専門家になっていました。

公聴会は、市が進める干潟の埋め立て事業が認可されるまでに通過しなければならない環境アセスメントの手続きの1つで、環境影響評価準備書に対し、市民が意見を述べる場です。万雷の拍手がわいた辻さんの主張を再現します。

ジャーナリスト 杉本裕明



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そして、藤前干潟は守られた インサイドストーリー②

環境アセスの準備書は現実と違っている

議長 陳述順位5番目の辻淳夫さん。

藤前干潟を守る会代表の辻です。今日の機会を、ここに集まった皆さんに藤前干潟の問題を一体どうすることがいいのかを、一緒に考えていただく機会にしたいと思っています。先ほど、瓜谷さんが、現在の日本の湿地の現状、干潟の現状と、藤前干潟がいかに価値を持っているかを話されました。その理由は、藤前干潟が伊勢湾をすべて支えてきたという歴史があるからです。

過去に干潟の95%が埋め立てられ、わずかに残る5%に鳥たちは命をつながざるを得ない状況になっています。私の役目は、その鳥たちがこの事業によってどれだけの影響を受けるかを、正確に予想することですが、これは大変難しい。しかし、きちんととらえようとする姿勢がある限り、それはできる。そう思っています。

準備書の内容がいかに現実と違っているか、私たちの経験や調査結果と違っているかを、さまざまな資料を使って明確にしてきました。しかし、見解書にはその大事な部分は何一つ答えられていません。私の出した資料やデータの都合のいいところだけ取って、あとは削除されています。

2001年、ラムサール条約事務局長に藤前堤防上で説明する藤前干潟を守る会代表の辻敦夫さん
藤前干潟を守る会提供 転載禁止

そのあまりの食い違いを、公開立ち会い調査によって明らかにしようと提案しましたが、拒絶されました。今日の私の発言は、その公開調査の内容を明らかにし、皆さんにそれに立ち会っていただくつもりでいます。

野鳥が藤前干潟をどのように利用しているか、簡単に説明します。瓜谷さんが、潮が引いたときに8割から9割の鳥が庄内川の方から藤前へやって来ると言いましたが、では藤前干潟の中ではどうか。

干潟の西側で水鳥は餌を採る

干潮の2時間前から干潟が出始めて、すぐ成長していきます。30分たったときにハマシギが西側に一気にやってくる。干潟がどんどん出ると移動するが、いつも干潟で餌を採るのは西側の汀線(ていせん)の付近です。さらに干潟が広がると、いつもこういうところが利用されています。

この日は2時半が最大干潟で、潮位28センチ、藤前干潟の引き方としては中位でしたが、鳥たちが餌を採る位置は常に西側です。ハマシギは全体で約4,000羽、そのほかの鳥もいるので、全体では5,000羽から少し超えたぐらい。常に西側に大群がいます。

干潟が出始めたときに、計画線をまたがる形で鳥たちがやってきて、干潟の出方によって動くが、絶対に東側には来ません。なぜなら東側は急なので、鳥たちは餌が採りやすい勾配(こうばい)の緩い方に集まると考えられます。最後、干潟がだんだん小さくなってなくなると、鳥たちは去っていきます。

しかし、藤前干潟の中で計画線を引いて、そこに鳥が入るか入らないかと考えるのは何と虚(むな)しいことかが、現場でこういうことをやっているとわかります。このアセスメントのすべての判断の基準は計画線の内か外かということでやられています。しかし、計画線は内のりに過ぎません。一番内側の、まさにゴミを入れる寸法の面積です。

当然ながら、ここに護岸をつくらなければいけない。東側20メートル、西側30メートルといわれています。工事をやって、隣に影響がないと言えるか。鳥たちはこの近くには寄れません、それをどれだけ見積もるかが、焦点のはずです。

工事始まったら、鳥は干潟にこれなくなる

準備書に対する意見で指摘しましたが、何の回答もありません。相変わらず、この線の内か外かという議論だけがなされています。私は、どれだけ影響があるか、いろいろ資料を探してみました。準備書の中に、鳥の種類によるが、人が1人立ったときに、鳥に一番接近できる距離が約100メートルと算定されていて、工事の影響というところに出ています。鳥たちは庄内川のほうに逃げるから影響は小さいと言っています。これはおかしい。逃げる時点で影響があったので、それならその範囲にいます。

鳥は影響を受けるとして算定しなければなりません。生態学研究所の年報に詳しい調査がされています。建設省の委託調査ですが、ダイサギの例で、195メートルないと、安心して鳥たちは餌を採れない。

私たちの経験では、シギの中でもオオソリハシシギとかダイシャクシギとか、大型の鳥ほど鋭敏で、影響を受ける範囲は、ダイサギよりも大きいと考えられます。これは人間が近づいたケースなので、人数が増えるほど当然大きくなるし、ましてやクレーンのような大きな重機が護岸工事をしたら、鳥たちは絶対に近寄れないでしょう。藤前干潟に来る鳥たちはもうこれなくなる。それは、そこで採っている餌が採れなくなることだから、影響は重大なわけです。

ゴカイは市の調査の数倍、アナジャコは深い場所に生息

先ほど、干潟の浄化の話の中で、公開生態調査の大事なポイント、つまり干潟の生物量を調査するのに、スミス・マッキンタイヤを使って上層のわずか10センチ分の泥しか採って調べてないという話がありました。

これは鹿児島大学の佐藤先生も厳しく指摘されて、それでは干潟の生物量はつかめない、手弁当で行くから公開調査をやるようにと言われ、市側から断られましたが、私たちと一緒にやりました。

そのとき40センチぐらい掘り、採れたのはゴカイだけでした。ヤマトオサガニや、干潟に穴がいっぱいあいているのはアナジャコだろうと思いましたが、逃げ足が速いのか、もっと深いところにいるのかわかりませんが、つかめなかった。市の出しているのは1平方メートル当たり年間20グラムから40グラムという数字です。それが佐藤先生と私たちの調査で120グラムとか、3倍くらいのデータが出ています。

アナジャコがつかめなかったことを先生は悔しがられて、アナジャコの専門家が千葉県の東邦大学におられるのをつきとめ、昨日来ていただいて調査しました。アナジャコは真っすぐ穴をあけているので、10センチ径の1メートルのパイプを泥の中に打ち込んでいく。最初のは40センチ、2番目のは75センチのところに隠れていた。アナジャコが泥の中に縦穴を掘って棲(す)んでいる。

本当に私はうれしかった。ちゃんと生きています。彼らはどうやって生きているか、私もほとんど知らなかったが、Y字型の穴を掘り、おなかのエラを動かして水流をつくって、そこに海水を通して濾(こ)す形で餌を食べているのです。すごいことではないでしょうか。

私も昨日初めて見て本当に感動しました。こういう生き物が、1つ10グラムで、穴の数は1平方メートル当たり100個は必ずあります。2で割ると500グラムです。それにゴカイの120グラムを加えて、カニも2個体くらいいると、優に600グラムを超えてしまって。市の20グラムとか40グラムとかいう数字は何なのか。

藤前干潟に浄化能力がないなんてウソ

藤前干潟には浄化能力がない、新川のほうはシジミなどの二枚貝が入ったから、その重さで浄化能力があるとなっています。藤前には新川のデータの少なくとも3~4倍はあるはずです。そういう調査を何もしないアセスメントがアセスメントと言えるのか。干潟を埋めるのです。諫早干潟と同じです。生き物たちがいっぱいそこで息をして生きているのです。それを埋めるときに、それらの実態を知らないままでできるのか。それは生き物のジェノサイドです。

驚いたことに、アナジャコは、数メートルの深さにまで穴を掘ると言われています。どうしてわかるかと聞くと、東邦大学の木下さんは、Y字型の化石が残っていて、それがアナジャコのものであるということがわかっていると言われました。

こういう生き物が、藤前干潟でもすべてのところにいるわけではなく、西側のほうに多い。東の方はゴカイが多いが、アナジャコは西に多い。こういうことを調査しないで、それを指摘されてもしない。それではアセスにならないではないか。私たちはノウハウを知っているので、いくらでもお手伝いする、そういう調査をきちんとやり直してほしい。

鳥たちへの影響は言うまでもありません。今までは干潟の生き物のことはよく知らなかったが、この結果を見ると、これは放っておけない。アナジャコは海水を一生懸命濾過(ろか)しているのです。

坂口さんが魚の調査をされて、藤前干潟だけにアユやサツキマスが見つかっている。これは何を意味するか。準備書には、アユは貴重種だけれども、長良川にもいるからいい、と。アユがどうなるかということだけではありません。アユが住める環境だということが大事なのです。

アユが住める環境をつくっているのはだれか。それはアナジャコであり、ゴカイであり、カニであり、彼らの餌になっているプランクトン、バクテリア、すべての生態系の仕組みがあるからこそなのです。

豊かな生態系をつぶしてはいけない

そういう生態系をいま私たちはつぶそうとしているのです。日本最大の干潟の諫早をつぶしたのと同じです。藤前干潟は、その30分の1もないちっぽけな、残っているのが全部で250ヘクタールというわずかな干潟です。しかし渡り鳥の渡来が日本一であるように、そこの生態系がいかに大切なものかは明らかではないでしょうか。それを影響は1点何%というような、そんなアセスメントは、日本として恥ずかしくて出せない。

渡り鳥は地球の旅人(稲永ビジターセンター)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

今、諫早湾の締め切りに対して世界から抗議が来ています。万博に「共生」の理念を出して、きれいなことを立派なパンフレットをつくって宣伝している国が、あんな生き物の皆殺しをやるのかと。藤前も同じです。もっとひどい。諫早は、お米をつくろうとかいう目的が一応あります。こちらはどうしようもなくなったごみの捨て場にしようというのです。本当に皆さんに考えていただきたい。

(名古屋市)港区の方々には、日本で1番鳥たちがくるような、すばらしい環境が実はあるのです。最初にお話しになった元漁業組合の方、こういう方たちの声をなぜいままで聞かなかったのか。95%まで埋めてきて、その埋め立て地を全部使っているかといえば、20数年もほったらかして、いっぱい余っています。

空き地があると指摘され、慌てて市がゴルフ場に

西5区に、藤前の埋めようとするところの5倍以上ある270ヘクタールの干潟があります。そこを埋めて二十数年使ってないということを、議会でチェックされたら、その一部、隅っこの方84ヘクタールくらいを緑地にすると言い出しました。

その緑地は、木がちょろちょろと生えて、一角にテニスコートがあるくらいで、一体、名古屋港管理組合が西5区をつくった目的は何だったのか。その緑地を今度はゴルフ場にしようと言っています。維持費を出すために。本当に情けない。

港湾を造って二十数年使っておいて、言われたら、ではコンテナ埠頭(ふとう)を沖の方に出すと、コンテナ埠頭を造りかけています。あとまだ200ヘクタールが余っています。緑地には枯れたような木がぼろぼろ立っています。そんな所に緑地はできません。

そこを今度はゴルフ場にしよう。ゴルフ場にするくらいなら、その空間を、これからの社会でもうごみを出さないようにする仕組みや、施設や考え方を研究し、開発し、つくる場所になぜしないのか。海の命がどんどんなくなってきました。最後の5%に、やむを得ず鳥たちが集中しています。そこを何とか守りたい、守るべきだというのは、みんなが共通して感じていることです。

そう思いませんか。そのための努力をする可能性は幾らでもあるのです。やる気だけがないのです。日本の行政は、どうしてこんなに無責任に、過去にやったことは知らない、前任者がやったことだから知らない、そうやってずっと来て、いまの現実です。

干潟埋めたら、生き物たちが反撃する

諫早湾が好例、長良川が好例、藤前干潟がまたその後を追うのです。名古屋市民として情けないではないか。私は、本当に誠心誠意、藤前だけは絶対に死守したい。これだけの話をしても、なお埋め立てを実行するなら、覚悟をしておいてくださいね、どれだけの反撃があるか。生き物たちや、未来の命たちから――。

私は冗談で言っているのではない、藤前干潟くらい守れないで――。諫早も守りたい、諫早もまだ何とか命が続いています。日本人としては、あそこは絶対に死滅させたくない干潟です。

藤前は沖で、港や工場に囲まれて、行ってみると汚いし、狭いところです。諫早は、すばらしい広大な、日本にもこんな風景があるのかというような所です。唯一、7キロの堤防を除けば。

今日はたくさんの方に来ていただき、少なくともアナジャコの代弁ができるということがとてもうれしい。皆さん、ぜひ、アナジャコを見るのは大変だけど、穴だけは簡単に見られます。穴は、すべてが生きているということがすぐわかります。穴があっても、もし中にいなかったら、1回潮が来れば泥で埋まります。アナジャコがせっせと水流を送って水を通しているから、空き続けているし、僕たちが掘りこんだ直径10センチもある穴も、一潮来れば埋まるのだそうです。

干潟は生きている

干潟というのはそんなに動いているものなのです。そういう中で、命が、生き物の系 をちゃんと維持しているのです。私はこのことをすべての名古屋市民に伝えたい。知ったら、絶対にこれはすごいことだと思うはずです。僕たちが子供たちを連れていって、スコップ一杯ゴカイを掘り出すと、ゴカイの穴が無数にあいているのを見て、みんなどよめきます。その数と穴の数、わずか10センチ四方に穴が100個以上あるのです。

干潟の観察には長靴とシャベルが必需品だ(稲永ビジターセンター)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

どうやって数えるかというと、子供たちにつまようじを刺させる、それなら子供にもできます。それを全部集めて数えると、子供たちはほんとうにびっくりします。そして感動します。命がみんな生きているのです。本物の自然が。それはみんな自分の力で生きている。そして、仲間とつながって、仕組みとして生きている。

わずかでも良心が残っているなら、名古屋港の方、名古屋港管理組合を責めるのは、僕は悪いと思います。なぜなら、名古屋港管理組合は愛知県と名古屋市が半々に人とお金を出し、知事と市長が2年おきに管理者であるトップの職と、議会の議長とを交代でやっています。

名古屋港の干潟を守る連絡会の呼びかけ文(1987年8月1日)
杉本裕明氏撮影 転載禁止
名古屋港の干潟を守る連絡会は1987年2月に発足。のちに、藤前干潟を守る会に
杉本裕明氏撮影 転載禁止

今回のこの事業も、責任者は知事と市長の名前が並んでいる。だからこれは名古屋市と愛知県の責任なのです。名古屋港管理組合は一応独立したような形になっているけれども、その三者が名古屋港の開発を進めてきたわけです。

環境をごみでつぶすのはやめようと決意しよう

私たちの生活も豊かになってきたけれど、その中で壊してきた自然のことを忘れてもらっては困ります。それを何とか最後のところで踏みとどまってほしい。それがなかったら、空いている埋め立て地は何なのか。僕が20年前に、渡り鳥と初めて出会った場所を、既に270ヘクタールも埋めてしまって、そこが20数年も放っておかれて、ゴルフ場にまでなってしまう。

その結果、片方で、最後の渡来地が失われるのだから。こんなことが本当にあっていいのか。この藤前干潟の埋め立てはぜひやめていただきたい。やめるためには、その生態系をきちんと正確におさえることです。そうすれば、その重要性は絶対にわかる。いまのやり方は、それをしていません。大変残念です。このアセスメントを、今日の公聴会を機会に、絶対にやり直してほしい。

本当に、代わりの策を見つけてほしい。ごみ捨て場をよそへ動かしてくれということを言っているのではない。21世紀に向けて、環境をごみでつぶすようなことはやめようという決意をしてほしいのです。その決意があればできるではないか。前例があります。ほかの国ではやっています。できています。北欧の国を見習おうではないか。福祉の社会をつくろう。

それには、生き物たちのことをまず考えるような思いやりの心がなかったらできない。人間が持っている一番の長所はそのことではないだろうか。それを捨てて、私たちは生きていきたくない。今日集まってくださった方は同感してくださったと思いますが、本当に一緒にそういう方向に向かおうではありませんか。

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