『東京古書組合百年史』からリユースの原点、古書店の歴史をたどる(下)
杉本裕明氏撮影 転載禁止
前回に引き続き、『東京古書組合百年史』(東京都古書籍協同組合発行)による平成の時代を迎えてからの古書店を追いかけます。平成に入って登場したのが、大規模リサイクル店のブックオフです。一般書を消費者から大量に買い取り、低価格で売るスキームはあっという間に全国に広がり、古書店の手強いライバルになりました。さらにインターネットの普及が出版業界を襲い、古書店にもその影響は及んでいます。リユースの原点とも言ってもよい古本の世界はこれからどうなっていくのでしょうか。
ジャーナリスト 杉本裕明
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『東京古書組合百年史』からリユースの原点、古書店の歴史をたどる(上)
目次
黒船がやってきた
組合が1975年に『東京古書組合五十年史』を出したころは、書籍と古書店が右肩上がりの時代だった。
それが、80年代のバブルの時代を経て、96年に出版業界は売上高でピークを迎える。雑多な雑誌や書物が溢れる中、90年に大規模リサイクル店のブックオフが神奈川県で産声を上げ、フランチェイズ(FC)制によって急速に店舗を拡大していく。さらに90年代半ばからインターネットが普及し、2010年代からはスマートフォンの時代に突入した。出版業の売上は急速に落ち込み、ピークだった96年の2兆6564億円から2020年には1兆2237億円と、半分以下に減った(電子出版を除く)。
「東京古書組合百年史」杉本裕明氏撮影 転載禁止
古書業界もその影響を受けないはずがない。90年代60億円を超えていた東京古書組合の交換会の出来高も、いまは20数億円と半分以下に落ち込んでいる。加盟店数も97年の2712店から20年には1984店まで減っている。
出版業界とともに古本の世界も潤った『昭和の時代』が終わりを告げ、『平成の時代』のリサイクル店とインターネットの普及によって、古書店は大きな転機を迎えた。
古書店に行かなかった人が顧客
その時代を描いた『百年史』の第3章は「古本屋は儲かりそうではないが楽しそうである」の見出しをつけ、こんな書き出しで始まる。
〈平成に入って、最初に問題になったのはブックオフ、大型フランチャイズ古書店の出現です。調べてみると、ブックオフは1991年に創業し、94年には百点舗のフランチャイズ店の目標を達成しています。しかし、これは突然現れたのではなく、『社会的なインフラ』の一つの産物だったのではないかということです。組合交換会の出来高は92年ごろから右肩下がりに転じています〉
〈そしてパソコンの普及があります。90年にウィンドウズ3.0、95年にウィンドウズ95が出て、それほど専門的な人でなくても使えるようになりました〉
座談会でこう語られている。
〈郊外で大型店を開いた人たちの中には、一日に五十万、六十万円売るという話を聞いたことがあります。それはおもに白っぽいもの(一般書)ですよね。神田は黒っぽいもの(専門書、古典籍、稀覯本など)だけれど、郊外大型店は白物。結局、出版ラッシュの受け皿は神田ではなく、郊外が担っていたということですね〉
〈ブックオフの顧客層は従来古書店に来てなかった人たち。そこに行くと、きれいに本が並んでいて安い、持って行けば何でも買ってくれる。だから市場でつぶすような本をブックオフに持って行く人もいました。ブックオフは我々の目を開かせてくれたというか、認識を改めさせたというところもある。それまで組合は既得権益で、自分たちを守るような立場にいたけれど、『黒船』がやって来たようなもので、周りの環境が、従来の古本屋では駄目だよということを見せて来たということなんでしょうね〉
ネット時代見越し、サイト「日本の古本屋」立ち上げ
このあと、組合は調査事業にかかり、小規模性と多様性が浮き彫りになると、1996年9月に、インターネット事業、「日本の古本屋」を立ち上げた。ネット時代を迎え、素早い対応だった。その後もデータベースを整備し、欲しい本の検索と注文に応じ、このネットを頼りに古書を求める人は多い。ちなみに「日本の古本屋」のホームページを開くと、「古書を探す」だけでなく、「直木賞受賞作」「芥川賞受賞作」、『日本の小説家100選』などのコーナーもある。
組合はさらに新開館を建設し、10月4日を古書の日とし、イベントやIT化に取り組んでいる。第3章の最後はこう締めくくられている。
〈どのような時代になっても、現物の古本や書物、パンフレット、チラシなど紙の文化、思い出の品、原資料を見つけてもらえる、生活、研究に必要なツールでもあり、懐かしく楽しい、いわば『絡繰(カラクリ)』を提供し続けることで、生き残っていきたいし、生き残っていけるのではと、少々ムネをなでおろしている〉
参考:日本の古本屋 https://www.kosho.or.jp
ブックオフの創業者の死
その古本屋の対極にある、大型フランチャイズ(FC)店の代表格であるブックオフの創設者の坂本孝さんがこの1月、肺疾患で亡くなった。古本の世界に一大旋風を巻き起こした創業者についても、ここで触れておこう。
坂本さんと創業にかかわった大手リユース会社、ハードオフ会長の山本義政さんから、坂本さんのことをうかがったことがある。それは、私の拙著「ルポ にっぽんのごみ」(岩波新書)でも紹介している。
慶応大学を卒業した坂本さんは、家業の配合飼料の会社を手伝い、1970年、山梨県甲府市にオーディオ店を開いた。4店舗ほどに増やした頃、価格破壊の波を受けて5年ほどで店を閉じた。
オーディオ店を開いたころ、新潟県でオーディオ店を経営していた山本さんは坂本さんと夜を徹して語り明かしたことがあった。
「私も彼もオーディオが大好きで、何とかして軌道に乗せようとしていた。お互いの夢を語り合いました」
その後中古ピアノの販売や、イトーヨーカ堂の出店事業など、仕事を替え続けた坂本さんは、横浜市のコミックを中心にした小さな古書店がはやっているのを見て、ひらめいた。「これだ」。そして相模原市の住宅地に小さな店を開いた。1990年のことだ。
坂本さんは、神田神保町の古書店を訪ね、組合の交換会で本を仕入れていることを知る。
そして店に戻ると、従業員らと相談し、直接、消費者から本を買い取り、それを販売することにした。本の内容は一切問わない。きれいか汚いか、新しいか古いかで値段を決めるのだ。本は、耐久消費財から消費財となっており、「商材」として扱うという。
キャッチコピーは「読み終わった本お売り下さい」
90年に相模原市にブックオフの1号店を開店した。キャッチコピーの「読み終わった本お売り下さい」。本は、使い捨て商品の1つとして扱われたのである。
ブックオフに本を買い取ってもらったことがある人ならわかるだろうが、買い取り価格は本の中身ではない。出版から年数がたった本は引き取ってもらえず、ふるいに残った本は、まるで目方でと言ってもよいような買い取り価格が提示される。神田神保町の古書店のような目利きはいらない。安く仕入れると、今度は売値も安くした。
店内を明るくし、だれもが入りやすくした。翌年にはFC化に着手すると、店舗を広げていった。オーディオやCDはじめ、扱う中古商品もどんどん広げていくが、原点は古本である。大量消費時代を本の世界にあてはめたこの事業は当たった。
その1号店を開く頃、山本さんは再び坂本さんに会っている。
「私は家電店をやめて中古のオーディ製品などを扱うリユース店を始めようと考えていた。坂本さんと、どんなリユース店にするか、随分2人で話し合った」。2年後に山本さんが新潟市にハードオフ1号店を出したとき、同じビルにブックオフも出店した。
大量消費、大量廃棄時代を背景に、古本を商材としてとらえた坂本さんの発想は、消費者の支持を受け、坂本さんは直営店とフランチャイズ店を増やし続ける。規模を拡大し、2005年に一部上場を果たした。
参考:ブックオフ https://www.bookoff.co.jp
辞任したのち、レストランを経営
だが、突然の挫折を迎える。
絶頂期にあった2007年、業者からリベートを受け取っていたことが内部告発で発覚し、批判を受けた坂本さんは辞任し、リユースの世界から退場した。その後、料理店を持った。「俺のフレンチ」と「俺のイタリアン」。亡くなった時は、30店舗のオーナーだったが、それに満足せず、かつてのブックオフの時代を自省していたという。
ブックオフは2000年代に入っても売上を伸ばしていったが、出版不況とネット環境の変化もあって、直営・FC合わせて801店、売上高は935億円と、ここ最近は横ばいが続いている。しかし、いまもリユース業界を代表する企業であることは間違いない。古書だけでなく、様々なリユース品に手を広げ、3Rでリサイクルよりも優先順位の高いリユースの価値を社会に示す存在であり続けている。
楽しそうだから古本屋になる
店の外にも本がぎっしり杉本裕明氏撮影 転載禁止
他方の古書店。『百年史』には、若手の古本屋さんへのアンケート結果(53人)が掲載されている。
「なぜ、本屋になろうと思ったか」の問いに、「本が好き」が39%、「楽しそう」が39%なのに対し、「儲かりそう」は13%。
「今後の古本屋はどうなると思いますか」の問いには、様々な声が寄せられた。
「ネット販売主体。店舗は人口が多い主要駅に一軒あるかないかの骨董店。小さなサーカス劇団」(40代)
「若い世代のお客さんを中心に実店舗の魅力の再認識がなされて、オンラインから実店舗への揺り戻しが起こるのではないかと思います」(30代)
「当面は、現状維持か穏やかな下降をたどっていくことが予想されます。今の二十代、三十代の人たちが十年後、二十年後に本というものに購読意欲を持っているか、そこにかかっていると思います」(40代)
価値あるものを掘り起こし、届けたい
古本市には貴重な本が多数並んでいた杉本裕明氏撮影 転載禁止
「本を商材と割り切り、販売仕入れの効率化を徹底し、安価大量販売する店(いわゆるAmazon業者と呼ばれる書店)と専門店(古典書や学術書の他ニッチな分野やサブカル含む)の二極化が進む気がします」(40代)
「ネットの世界が崩壊し『本』という媒体が再度見直され、出版・古書業界に空前絶後の一大旋風が吹き起こり、そしてすべてが吹き飛んで何もなくなる。人々の関心が多種多様になり、情報の氾濫やデジタル物流の発達によって、物体に頼らないコンテンツの移動が活発になっている。手軽に入手できる反面、薄っぺらなもの、どうでも良いもの、誤ったものなどにより、真の価値のあるものが埋もれてしまっている。それらを掘り起こし、必要としている人たちに届けることができるならば、形態はどうであれ、『古本屋』としての存在価値があるのかもしれない」(40代)
専門性、多様性に富んだ古書店の世界
佐古田さんは筆者にこう言う。
「90年代にはブックオフが登場し、郊外にどんどん手を広げ、脅威に感じた時期もありました。しかし、それは今から考えると、ものすごい出版洪水の中で咲いたあだ花のようでした。いま、出版不況の中、ブックオフの古本業は衰退しているでしょう。僕ら古書店は何かを造り出すわけではない。造られたものを再販売するのが仕事です。しかし、出版の世界は多様性を持っているから、古書店も専門性のほか、いろいろなとらえ方ができる。なんだかんだ言いながら、生き残っているんじゃないでしょうか」
いわゆるリサイクル店と古書店街は、棲み分けができたということなのだろう。
佐古田さんは、『百年史』に寄せた序文の最後に、組合員にこう呼びかけている。
〈第二章以降は、その後に育った組合員自身が歴史をひもとき、自分たちが生きた時代と格闘して懸命に綴ってきました。それは、次の五十年、百年の組合員たちに手渡すメッセージに他なりません。歴史は未来につながっています。どうぞ受け取って頁をめくり、じっくりお読みください〉
古書店の中へ足を踏み入れよう
古書店の入り口には廉価本が並ぶ杉本裕明氏撮影 転載禁止
神田神保町と新宿・早稲田通りの古書店街を歩くと、多くの古書店に前に廉価本が陳列されている。100円、50円と安い。だが、古書店はそれから先、中に入ってからが本番だ。その奥には、宝物になるかもしれない、あるいは博物館で見るようなたくさんの古書が整然と並んでいる。出版洪水をへて、今度はネット情報の洪水に飽きた人たちが、この世界に踏み入れる可能性が、これから増していくのかもしれない。