有機フッ素化合物・PFASが環境と人体を汚染する(下)
PFAS(ピーファス)と呼ばれる有機フッ素化合物による地下水や河川、人体への汚染――。今回は、国や東京都の調査結果を紹介し、海外の規制の動向もお伝えします。また、この問題に取り組むNPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の代表理事、中下裕子弁護士にお話をうかがいました。
ジャーナリスト 杉本裕明
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全国の河川、地下水に汚染が広がっている
改めて国のPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)などの河川と水道水について、どの程度汚染されているのか、国と都の調査結果を見てみましょう。
環境省は、毎年全国703地点で河川を、417地点で地下水を調査しています。最近の調査結果によると、河川・湖沼816地点のうち、暫定指針値の1リットル中50ナノグラムを超えているのは38地点。25ナノグラムを超え50ナノグラム以下は57地点、5ナノグラムを超え25ナノグラム以下は263地点でした(湖沼は指針値超えなし)。
また地下水を見ると、317地点のうち50ナノグラムを超えているのは、43地点、25ナノグラムを超え50ナノグラム以下は36地点、5ナノグラムを超え25ナノグラム以下は88地点と、いずれも高率になっています。
暫定指針値は、いずれ環境基準にする前段階のものですから、この50ナノグラムを環境基準とすると、河川は、5.4%、地下水は13.5%が基準をオーバーしています。この両物質は、「要監視項目」とされ、この2物質のほかにも、クロロホルム、ジクロロボスなど26物質があります。
一方、法的な規制のある環境基準は、カドミウム、ヒ素などが指定され、河川でカドミウムがオーバーしたのは2地点、ヒ素が7地点、総水銀が2地点など、汚染はごく一部に限定されています。
首都圏と近畿圏、沖縄では高濃度汚染
同省は、調査結果を地図に落としています。全国地図を見ると、首都圏、東海、近畿など人口の集中している地域に固まっているようです。これを見ると、地下水で茶色の▲は1000ナノグラム以上となっており、神奈川県、大阪府、大分県内の地下水で測定されたようです。河川では、沖縄県で1000ナノグラムと高濃度が検出されています。
環境省が調べた河川等の地図(全国)PFASに対する総合戦略検討専門家会議 配布資料
河川だと50~500ナノグラム、地下水だと50~1000ナノグラムの汚染地点がかなりあることがわかると思います。また、暫定指針値を下回っているとはいえ、検出された地点は全国に広がっており、全国的に汚染が分布していることがわかります。
環境省は、されにそれをブロックごとに紹介しています。関東を見ると、基準を超えた地下水の地点が多摩地域に集中していることがわかります。中でも高いのが調布市と立川市のようです。
環境省が調べた河川等の地図(首都圏)PFASに対する総合戦略検討専門家会議 配布資料
多摩地域が軒並み高いのは、フライパンなどコーティングされた日用品からというより、泡消火剤を河川に垂れ流していたことが明らかになっている米軍横田基地(福生市)が原因だとみられています。
横田基地では過去にそのようなことがあり、米軍から防衛省が情報を得ていながら、最近まで隠していたことが明らかになっています。千葉県では千葉市、印西市、市原市あたりの河川で指針値を超えています。神奈川県では、相模川が高濃度となっています。
環境省が調べた河川等の地図(近畿)PFASに対する総合戦略検討専門家会議 配布資料
次に関西を見ると、河川では淀川が汚染され、指針値を軒並みオーバーしていることがわかります。大阪府ではかなり広い範囲に指針値を超えている地点が広がり、中でも地下水で1,000ナノグラムを超えているのが2地点あります。かつてフッ素化合物を製造していた工場が摂津市にあり、その影響があるのかもしれません。ここでも汚染は京都府、滋賀県、兵庫県、奈良県に広がっています。
東京都の飲料水は大丈夫か
東京都も10年以上前から、PFOSとPFOA等の測定をしていますが、ここでは、水道水がどう管理されているのか、都水道局の多摩地域の水道を管理している担当者に尋ねてみました。
実は東京都の地下水はひどく汚染されています。都の測定データを見ると、渋谷区460ナノグラム、立川市240ナノグラム、府中市260ナノグラム。
多摩地域の地下水が高濃度で汚染されていますが、都は、「実はかなり前から、多摩地域の井戸水は飲料水に使っていません」と言います。他の化学物質等で汚染されていることがわかかったからだといいます。多摩川の表流水を取水し、それを浄化して水道水として供給していますが、多摩川が汚染されているため、濃度を下げるために利根川の水をブレンドし、濃度を下げて供給しているといいます。
東京都は、浄水場と給水所の水を測定し、PFOSとPFOAの合計値を公表していますが、最も高かったのが府中市の若松給水所でした(2023年4~6月)。原水(多摩川から取水した水)が44ナノグラム、浄水(利根川の水をブレンドしたもの)14ナノグラムに下げて供給しています。
東京都府中市にある若松給水所。原水の数値が高いため、利根川など汚染の少ない川の水を市外の浄水場から給水してもらって濃度を下げている杉本裕明氏撮影 転載禁止
都の担当者は「厚生労働省が飲料水として暫定目標値にしているのが50ナノグラムなので、それ以下ならいまのところ、飲料水として心配ありません」と話しています。
心配されるのは、汚染された井戸だ。例えば、府中市内には相当数の井戸があると言われ、災害の時に近隣住民に提供することを条件に都と市から補助金を得て掘られた農業用井戸が36あります。都の調査では府中市の井戸から260ナノグラムの高濃度が検出され、暫定指針値が環境基準に格上げされると、利用できなくなりそうです。しかし、それまでの間、何の調査も、利用制限もせずに、放置するのでしょうか。
海外で規制強化の動き
日本政府が法的規制力のない暫定の目標値と指針値を決めたあと、各国では見直しが進んでいます。米国では、環境保護庁が飲料水の規制案として、PFOSを2ナノグラム、PFOAを2ナノグラムと提案し、年内に決定する見込みです。同時にPFNAなど他の幾つかの物質について、法的拘束力はありませんが、ハザード指数という考え方を採用し、その数値内に収まるよう削減を求めています。
また、いずれも100ナノグラムと緩かったドイツも見直しを行い、20種のPFASの合計で100ナノグラムを2026年から適用。4種のPFAS(PFOS、PFOA、PFNA、PFHxS)の合計20ナノグラムを2028年から適用としています。
遅れて50ナノグラムの暫定値を決めた日本政府ですが、環境基準への格上げとともに、さらなる物質の追加と基準強化を迫られそうです。さらにPFASから代替品への転換を進める動きも出ています。欧州連合(EU)では、代替品を使った製品規制を検討しています。
欧州の化学物質管理規制であるREARCH規制で、有機フッ素化合物を規制する提案が、デンマーク・ドイツ・オランダ・ノルウェー、スウェーデンの5カ国によって欧州化学品庁に提出され、企業にPFASからの代替手段を求めようとしています。
この案にパブリックコメントが実施され、600件の意見のうち、半数が日本企業だったと言われています。ありとあらゆる製品への代替品への変更がリスト化されており、このまま進めば、2025年中に採択され、2026~2028年に発効する見込みと言います(みずほリサーチ&テクノリサーチ)。
環境規制は、これまでも欧州を軸に進められてきた経緯があり、日本も暫定扱いの基準を見直して飲料水と環境規準を設定するとともに、代替品を評価・規制し、フッ素化合物に代わる代替品の開発を進めていく必要があります。
国は血中濃度検査の数を増やす方針だが、汚染地域の検査には消極的
環境省は有識者による「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」を設置し、2023年7月、「PFAS に関する今後の対応の方向性」と題する報告書をまとめました。そこでは、曝露モニタリングについて、調査規模の拡大や自治体との連携を提言しています。しかし、一方で、汚染地域の血中濃度のモニタリングには消極的です。会議でも、汚染地域での調査を考えていない環境省に対し、委員の原田浩二准教授が苦言を呈しましたが、方針が覆ることはありませんでした。
汚染地域で検査すれば、汚染の実態がよりはっきりし、健康影響との因果関係もでてくるかもしれません。環境基準も設定されていない遅れた状況で、これを行うことに、行政側として強い抵抗感があるのでしょうか。
「化学物質対策こそ、国民が環境省に期待していることだし、環境省が本気で取り組まねばならないのだが、温暖化対策だけに目が言ってしまっているのが現実」(ある官僚)のようです。
中下裕子弁護士に聞く
化学物質対策のためには、基本法の制定が必要と語る中下さん杉本裕明氏撮影 転載禁止
「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」の代表理事の中下裕子弁護士は、血液検査を進めた人体曝露モニタリング(HBM)の確率と、環境安全基本法制定の必要性を唱えています。中下弁護士に尋ねました。
――なぜ、曝露モニタリングが重要なのですか?
中下「国民がどのような化学物質にどれだけ曝露しているのかを評価するために、統計学的に国民を代表するように抽出された対象者から血液・尿などを採取し、体内の化学物質濃度を継続的にモニタリングする調査のことを言います。かつては、有害な重金属やダイオキシンなどの有機塩素化合物が測定の対象でしたが、内分泌攪乱(かくらん)作用のある化学物質(いわゆる環境ホルモン)など、多様な化学物質の低レベルの曝露が問題になっています」
「人体の曝露量を直接的に把握することで、水や大気の濃度を測定し、そこから体内への摂取量を推計するだけでなく、直接の曝露量を知ることでより正確にリスクを把握することができます。また、それを個人に情報公開することで、健康にかかわる知る権利を実現できます。さらに健康影響と曝露量との相関関係を明らかにすることで、発生源の解明に役立たせることができます」
米国では因果関係認め賠償も
――それが実現できたことはありますか。
中下「例えば、かつて米国ウェストバージニア州のデュポンの工場周辺でPFOAの汚染事件があります。それは「ダーク・ウォーターズ巨大企業が恐れた男」(2019年公開)のタイトルで映画化されましたから、知っている人も多いでしょう。環境汚染の実態を隠蔽していたデュポンを相手に闘いを挑んだ弁護士を描いています。この汚染事件では、7万人の住民に対する曝露調査と健康調査が行われた結果、PFOAと、①妊娠高血圧症・妊娠高血圧腎症、②精巣がん、④甲状腺疾患、⑤潰瘍性大腸炎、⑥高コレストロール症の6つの疾患との相関が確認されました」
――EUが先行していると聞きました。
「さらに、行政の政策の立案・評価にも役立たせることができます。EUの9カ国では、PFASの健康調査が行われ、PFOSとPFOAの単体では指標値のHBM ーⅠを超えている人は10%以下でしたが、複数のPFASの混合でみると20%程度になることがわかりました。これをもとに6カ国が『すべてのPFASを1つのグループとして禁止すべき』との提言を指示することになりました。ドイツではバイオモニタリング委員会を設置し、指標値を設定し、調査結果を指標値で評価し、適切な政策が決定されることになります。こうした仕組みが日本でも必要です」
環境安全基本法の制定を
――日本にも、10万組の親子を対象とする大規模コーホート調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」が2011年から行われ、世界から注目されています。
中下「この調査を継続していることを大いに評価したいと思います。しかし、この調査では化学物質の有害性が示唆されたとしても、一般人に対してHBM(曝露調査)で曝露の状況を把握しないことには、物質を規制するような政策には結びつきません。そこで、国民会議は、日本の環境保健分野で基本理念・基本政策を定める基本法が存在しないことから、『環境安全基本法』の立法提言をしています。HBMの制度化、胎児・子ども・化学物質に脆弱な人々への配慮、汚染地対策の在り方(汚染地スポットの特定、住民健康調査、原因究明、浄化対策の実施など)を基本施策としています。衆参両院議長宛に計8万7,000筆の請願署名を行い、署名を提出し、国会議員や環境大臣にも要請活動を行っています」
「PFAS問題では、一般国民に対するHBM実施とともに、汚染地域での血液検査・健康調査が不可欠です。早期に立法化すべきでしょう」
――一方、高濃度汚染地域の調査には国は消極的です。
中下「高濃度で汚染されている地域を重点的に調べ、汚染源をはっきりさせ、現在も流出が続いているのなら、それを止めるととともに、住民に対して広範囲な血液検査をして、体調に変化がないかを調べるべきです」
引用・参考文献:
有害化学物質の人体ばく露モニタリングの重要性 中下祐子(科学2022年3月号、岩波書店)