世界の環境中に5,210万トンのプラスチックごみが放出 英国の大学研究チームが分析結果をネイチャーに発表 九州大学も世界の2035年の削減目標数値を発表
世界の環境中に5,210万トンのプラスチックごみが放出され、そのうちインドが5分の1の930万トンと最大の排出国――。こんな調査結果を英国のリーズ大学研究チームが9月、英科学誌ネイチャーに発表しました。3分の2は、適正に処理されず廃棄されたがれきに含まれたプラスチックごみだとしています。細かくなった微細なマイクロプラスチックごみは世界の海洋を汚染し、深刻な地球環境問題を起こしており政府間の交渉委員会で、国際的な規制条約案が検討されています。
一方、九州大の研究者らは、2050年までに海洋に排出されるプラスチックごみの汚染を増やさないためには、2035年までに海や川への流出量を19年比で32%削減する必要があるとの分析結果を発表しました。
こうした研究はいずれもプラスチックごみの削減のため世界各国が本腰を入れることを求めています。私たちも日常からプラスチックごみをできるだけ出さないようにすることを心がけることが必要ですね。
ジャーナリスト 杉本裕明
発生したプラスチックごみの約20%5210万トンが環境中に廃棄
リーズ大学の研究チームは、世界の5万702の自治体の公表するデータを基に、直径が5ミリより大きいプラスチックごみについて、政府や自治体の公表データや国連の統計などを機械学習という手法を使って分析した。それによると2020年に世界で2億5,170万トンのプラスチックごみが発生し、うち約20%にあたる5,210万トンが環境中に廃棄されたとしている。
一位はダントツでインド
派出量の多かった国は、1位がインドの930万トン、2位がナイジェリアで350万トン、3位がインドネシアで340万トン、4位は中国で280万トン、5位はパキスタンで260万トン、6位はバングラデシュで170万トン、7位はロシアで170万トン、8位はブラジルで140万トン、9位はタイで100万トン、10位はコンゴ民主共和国で100万トンだった。
また、世界の排出量の約69%(3,570万トン)は、20カ国からの排出で、そのうち4カ国が低所得国、9カ国が低中所得国、7カ国が上位中所得国。高所得国はプラスチック廃棄物の発生率が高くても、収集され、廃棄物処理施設で制御されているため、上位90カ国に入っていないという。
排出量の68%は、収集されず投棄されたか、ごみ捨て場に蓄積したもの
排出量の68%は、収集されず、陸上に投棄され散らばっているか、小さな「非公式のごみ捨て場」に蓄積されたプラスチックごみ。この57%が野焼きされたプラスチックごみで、残りの43%は燃やされずに残っていた。インドでは、集めたプラスチックごみの多くが野焼きされているという。
マイクロプラスチック汚染の地域から世界の排出量インベントリー(タップして拡大)。単位は100慢トン0~0.1は0~10万トン、5.0~10.0は500~1000万トンのこと 投棄されたプラスチックごみの量を野焼きと燃えずに残ったごみの割合。上から南アジア、サハラ以南のアフリカ、東南アジア、ラテンアメリカおよびカリブ海、東アジア、東ヨーロッパ、西アジア、北アフリカ、中央アジア、その他ヨーロッパ、オセアニア排出量は減少してはいても、管理されていない
一方、低所得国や中所得国では、プラスチックごみの発生量が大幅に減少している。しかし、その大部分は未回収だったり、ゴミ捨て場に処分されたもの。南アジア地域の9カ国、サハラ・アフリカ51カ国がそれに当たり、排出量の多い原因となっているという。
柔らかいプラスチックの破片は、硬い破片と比較して、グローバルサウスの環境に放出される可能性が高く、グローバルノース(たとえば、北アメリカ)では、硬質プラスチックが多く含まれ、排出物はポイ捨てによって引き起こされていると分析している。
ところで、一人当たりの排出量を見ると、中国は153位にランクされ、世界最大の排出国であるインドは127位にランクされる。サハラ以南のアフリカでは、プラスチックの絶対排出量が少ないものの、多くの国が、一人当たりのホットスポットとなっている。
研究チームは「この地域で予想される人口増加を考えると、サハラ以南のアフリカは、今後数十年以内に世界最大のプラスチック汚染源になる」と警告する。
野焼きが環境中の排出を増やしている
分析してわかったことは、未回収の廃棄物が、グローバルサウスのプラスチック汚染の最大の原因であり、世界の排出量の68%を占めるということだった。しかも野焼きが環境への排出の大きな要因となっているということだ。プラスチックごみを管理することの重要性が改めて認識されることになった。
環境中に出る前に管理し削減を
研究チームは、この研究の目的を次のようにまとめた。
「私たちの研究の目的は、地域規模で排出量をベースライン化し、モニタリングするためのマイクロプラスチック汚染インベントリー(目録、排出源ごとにどれだけ排出されているのか分類したものをいう=筆者註)を作成し、現場での行動に適用できるようにすることでした。このような排出インベントリーは、廃棄物管理および社会システムからの排出のメカニズムを説明し、可能な介入によって、より詳細で包括的な評価ができる可能性があります」
その上で、以下のような提言を行っている。
「マイクロプラスチックが環境に入ると、除去することは技術的にも経済的にも困難になります。そして、時間が経つにつれて、必然的に無数のマイクロプラスチックに断片化されることで、クリーンアップ作業がさらに困難になります。排出を最初に防止することにより、発生源でのプラスチック汚染を最小限に抑えることは、プラスチック条約の優先事項でなければなりません。そして、未収集の廃棄物に取り組むことは、他のすべての陸上のマクロプラスチック発生源を合わせて軽減するよりも大きな影響を与えます」
上流の材料削減も大事
「未回収のプラスチック廃棄物を削減するために、廃棄物の発生を減らすための上流の材料削減、廃棄物収集と処理施設の大幅な改善に焦点を当てることを提案します。また、プラスチックごみの排出を削減するには、製品システムの再設計、発生源の削減、世界中のリサイクルシステムの改善など、ライフサイクル全体での不足への対処を含む、多分野にわたるアプローチが必要になります」
そして野焼きが環境汚染に大きな役割を果たしているとして、条約づくりに生かすよう求めている。
プラスチック条約づくりの協議では対立も
今年11~12月に韓国・釜山で開かれる政府間交渉委員会で国際的な規制条約案に合意できるかどうかが焦点になっている。協議では、廃棄物の収集など管理のみに限定しようとする考えと、プラスチックの生産・使用の削減目標を盛り込もうという考え方に割れているという。
研究チームの提言はプラスチックごみの管理に焦点を当てたものだが、プラスチックの生産・使用の制限に反対しているわけではない。提言をぜひ、協議に生かしてもらいたいものだ。ネイチャーに掲載された論文は以下の通り。
参考:Nature A local-to-global emissions inventory of macroplastic pollution
「2035年までに海や川への流出量を19年比で32%削減する必要あり」 九州大の研究グループが提言
一方、日本でマイクロプラスチックごみの研究で知られる九州大応用力学研究所の磯辺篤彦教授(海洋物理学)と樋口千紗学術研究員は、8月、2050年までに追加的な海洋プラスチックごみの汚染をゼロにするには、35年までに世界の海や川への流出量を19年比で32%削減する必要があるとの削減目標として提案した。数値目標の提示は世界で初めてだ。
政府は2019年のG20サミットで、2050年までに追加的な海洋プラごみ汚染をゼロにすることをうたった「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」をまとめ、各国と合意した。この目標を実現するための具体的な数値目標はこれまでなく、今回初めて示した。
磯辺教授らは、世界の流出量の約9割を占める114河川からのプラスチックごみの行方をシミュレーションした。具体的な方法と結果の概要は、プレスリリースとして九州大学のホームページで公表している。
参考:九州大学 大阪ブルー・オーシャン・ビジョンの実現には世界平均で 32%の削減が必要
世界114河川のデータもとにモデル化
それによると、まず、海洋流出を現状のまま維持しても、自然に分解しないプラスチックであれば、海洋に蓄積を続 けるプラスチックによって汚染は進行を続ける可能性がある。過去に海岸に蓄積したプラスチックごみが次第にマイクロプラスチックとなって海域に広がることもあるとする。
そこで将来の海域浮遊量や海岸漂着量を予測するために、プラスチックごみの海洋流出から、破砕したのちマイクロプラスチックになる過程、海岸漂着と再漂流を繰り返す過程、細かくなったプラスチック片が生物付着を経て重量を増し、その後に海底に沈降する過程などを精度よく再現する数値シミュレーションが求められる。
プラスチックごみの行方を追いかける
その上で、北極と南極の海を除く全世界の表層海洋を対象とし、世界の河川から流出したプラスチックごみの行方をコンピュータでシミュレーションすることにした。
プラスチックごみの対象は、海洋に浮遊するプラスチックごみ、海岸に漂着するプラスチックごみ、破砕してできた浮遊マイクロプラスチック、海岸漂着マイクロプラスチックの4種類とした。
行ったシミュレーションは、世界の川(90%をカバー)からのプラスチックごみの海洋流出量を既存のデータベースから参照し、破砕、生物付着などで減った分も加味した。そのシミュレーションの結果を解析し、各河川から流出して世界の海域や海岸へ到達する、プラスチックごみやマイクロプラスチックの重量を求める確率分布モデルを作りあげた。
2035年までに32%の削減が必要
こうして、大阪ブルー・オーシャン・ビジョンの実現のため、2035年までに、世界平均で2019年の年間流出量の32%(重量ベース)を削減する必要があると推定することができた。
予測では、日本周辺や北太平洋中央部で、夏季の浮遊量が多くなる特徴があり、プラスチックの海洋への流出がこのまま増え続けると、2030年までに海洋上層での重量濃度が現在の約2倍、2060年までには約4倍となった。
2050年における海域浮遊マイクロプラスチックの海面単位面積あたりの重量。上は削減策なしの場合で、排出量の多い赤の面積が多い。下は2019年の海域流出量から重量ベースで32%を削減した場合で大きく改善されるでは「32%削減」が可能なのか。磯辺教授らは「海洋プラスチックごみの排出の多いアジア、アフリカでの削減が順調に進み、プラスチックの使用制限やリサイクル率の向上などの対策によって達成可能」としている。
マイクロプラスチック研究の先駆者である磯辺教授は、研究室のホームページで、これまでの研究の経緯を紹介している。
参考:海洋力学分野のウェブサイト 海洋力学分野のウェブサイトへようこそ
五島列島の美しい海で、マイクロプラスチックの浮遊を知る
「マイクロプラスチック研究は10年ほど前まで遡り、五島列島の海で表層ネット採取を行いマイクロプラスチックの浮遊を知り、その後、瀬戸内海の各所でマイクロプラスチック採取を始めた」。これが、研究のきっかけだったと明かしている。こうして海洋調査に乗り出すことになった。
広範囲の調査 日本海の汚染が判明
東京海洋大と共同で、日本周辺海域と南極から東京に至る太平洋縦断航路でのマイクロプラスチックの調査を行った。2014年の日本周回航路での調査結果では、日本海を中心とした東アジア域で、マイクロプラスチックの浮遊密度が、世界の他の海域に比べて突出して多いことがわかった(世界平均の27倍)という。また、世界で初めてマイクロプラスチックの浮遊を南極海で確認した。
さらにマイクロプラスチックの海での生成過程にも歩を進め、「海水より密度が小さく海洋表面を浮遊するプラスチック微細片は、潮流と、岸に向かう風波で運ばれ(ストークス・ドリフト)、岸に上がると、紫外線や寒暖差で劣化・破砕してマイクロプラスチックに変わり、波にさらわれ海に戻っていく。海にはプラスチック片を効率的に微細片化してしまう機能があることがわかった」という。
エビデンスを示せ
筆者は環境省のマイクロプラスチックの検討会を傍聴し、「日本ではきちんと処理されている。海洋汚染が起きるはずがない」と、審議会の幹部をつとめたことのある元大学教授が、海外の研究者の論文を批判した。すると、磯辺教授が「論文が調査データをもとにしているわけですから、それを否定するならエビデンス(証拠・論拠)を示さないといけません」と、やんわりとクギを刺したことを覚えている。
その元教授は「プラスチックごみは燃やして発電に利用するのが良い」が持論の人だったが、指摘されてそれ以上発言できなくなった。せっかくの日本近海のマイクロプラスチック汚染の調査と対策を考える会議が、おかしな方向にいかずにすんだ。
磯辺教授は、地球環境レベルの化学物質の環境汚染の調査研究で、世界でも知られる愛媛大学が研究者の出発点。エビデンスにこだわり続ける研究者だ。
リーズ大学や磯辺教授らの地道な研究が、プラスチックごみやマイクロプラスチック汚染の実態の把握や問題解決につながっていくのだろう。