熱暑防いでくれる街路樹 多様な役割認め、適切な管理と保全・植栽を――技術普及協会代表理事の細野哲央さんに聞く
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
年々厳しくなる熱暑。強い日差しと暑さで今年も多くの人たちが熱中症になり、命を失う人も出ました。そんななか日差しを遮り木陰を提供してくれる街路樹の役割が見直されています。強い日差しを遮り、人々に安らぎを与え、温暖化の原因であるCO2を吸収してくれます。
環境省はまちなかの暑さ対策ガイドライン(2022年)で、東京都は東京グリーンビズ(2023年)で、街路樹の役目を見直し、街路樹の保護と整備をうたっています。
しかし実際には、全国の街路樹は減る一方で、管理する自治体は管理費縮小の観点から伐採や間引きが増加し、街路樹を増やす世界の流れに逆行しています。なぜ、こんなことが起きているのか、街路樹に詳しい一般社団法人・地域緑花技術普及協会代表理事の細野哲央さんに話を聞きました。
ジャーナリスト 杉本裕明
街路樹の効用は緑の陰
――気候変動で酷暑が続き、多くの人々が熱中症になったりしました。環境省は熱中症警戒アラートを連日発出し、国民に警戒と対策を訴えました。照り返しのある道路を歩いていて、救われるのが街路樹の存在です。大きく樹冠が広がり、木陰があるのを見ると、まさに砂漠で出会ったオアシスです。街路樹にはそのほかにも様々な効用がありますね。
そうです。いま指摘があったような緑の陰をつくってくれること。植物は、成長するために水分を吸収し、葉から蒸発させます。「蒸散」と言います。その時にまわりから熱を奪うため、涼しく感じます。また気温が上がって乾燥すると、地面の土壌から水分が蒸発し、気化熱で地表の温度を下げる効果もありますね。
街路樹の正しい管理の普及活動をしている細野哲央さん提供:細野哲央さん
――もちろん、地球温暖化の原因物質であるCO2を吸収し、蓄積してくれますね。日本は森林国ですから助かっている面も大きいですね。
二つ目は、車が暴走して歩道を乗りこえ、家屋にぶつかるのを防ぐ効果です。よく歩道の車道側に柵が立てられていますが、あれは歩行者の横断を防止するのが目的で車を止めるだけの強度はとてもありません。三つ目は、人の生理・心理面に良い影響を与え心身の健康維持に役立つ効果です。
心を和ませ、火事の延焼を送らせる効果も
――防火の効果はどうですか。
もちろん効果があります。樹木は水分をたっぷり含む、『水のタンク』です。火事になったらもちろん燃えますが、水分が多いから燃え移る時間をかせぐことができる。だから、家屋に延焼するのを遅らせることができますね。特にイチョウは葉が厚く、幹に含まれる水分も多く効果が大きいと言われています。
――東京都千代田区大手町には関東大震災を生き抜いたイチョウがいまもあると聞きました。
街路樹は明治時代に始まった
――ところでこれだけの意義のある街路樹ですが日本で始まったのは明治時代と聞きました。
明治7年(1874)に東京・銀座通りにクロマツやサクラが植えられたのが最初と言われています。もちろん江戸時代にも街道沿いに樹木はありましたが、それは道路付属物として自治体が設置・管理する近代的な街路樹とは区別します。街路樹は東京や横浜から地方に広がっていきました。
戦後の高度成長で、歩道の街路樹から車道優先に
大正時代の1919年に制定された道路法では都市市街地の道路は街路構造令として、街路樹は道路の街路構造物(街路とは広場・遊歩道・植樹帯など様々な植栽が整備されたもの)として位置づけられたことで街路樹が増えていきます。
ところが戦後の1952年に制定された新道路法で都市市街地は街路構造令、地方道路は道路構造令で定められていたのが改められて一本化され、街路樹は道路の構造物の一部(法律では『道路の付属物』)とされ、車両優先の政策になっていきます。やがて高度成長時代になり、物流が増大し、道路の役目が強まります。車が走る道路のスペースを広げ、歩道や街路樹を削っていく政策がとられました。
自治体の経営苦しくなり、街路樹の管理費にしわ寄せ
――なるほど。一時期までは増えた街路樹は、やがて管理する自治体などにとってやっかいな存在になったわけですね。最近は街路樹が伐採され、各地でそれに反対する住民の間で紛争が起きています。自治体にとってそれほど管理が大変なのでしょうか。
最近、伐採が増えているのは、多くの自治体の経営が苦しくなって予算が増やせず、街路樹にかかる管理費を減らしたいという力が働いています。大きな木はその分剪定費用がかかります。また街路樹が交通や安全などの障害になってしまうこともあるでしょう。
細野さんは行政の経営が苦しくなり、街路樹の管理が充分にできていないという杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
それと住民からの苦情も大きい。自治体には落葉・害虫・日照などの街路樹に関する苦情が日常的に寄せられています。一方で、今の街路樹が良いと思っている人はわざわざそれを口にする機会はない。街路樹は嫌われ者という自治体側の思い込みは伐採が進む背景になっているかもしれません。
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神宮の森で知られる東京・新宿区、港区など
東京都府中市では通りのイチョウを100本以上伐採
――東京都府中市では分梅通りのイチョウの高木47本と低木合わせて100本以上が、沿線や地域住民への相談・協議もなく、いきなり伐採されてしまいました。市の街路樹は2017年時点で10,744本ありますが、年々減少し、さらに100本減ってしまいました。表向きは、人と車椅子が対面で交差できる幅がないとし、東京都の福祉のまちづくり条例に従ったと、私に事後説明しています。
伐採される前の東京都府中市の分梅通りの街路樹杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
伐採の数年前に地元の自治連合会から、根が張り、通行の障害になっている樹木があるので間引きを検討してほしいが、同時に緑への配慮を求める報告書を市に提出していました。しかし市は一顧だにしませんでした。住民説明会も開かず、業者に伐採を前提とした設計書を作らせ実行しました。あとで住民から追及された町内会長の一人は「市が伐採を決めてしまったので」と言葉を濁しました。
伐採の計画は沿道住民に知らされなかった
――道沿いの住民は、我が家の前の街路樹が切り倒されるのを見て初めて知り、驚きました。数日前に配られた市のチラシには街路樹の伐採の言葉はなく、「歩道の枡を撤去します」と書かれただけでした。伐採することが事前にわかり反対されると困ると市は考えたのでしょう。
街路樹が伐採された東京都府中市の分梅通り。夏は強い照り返しで住民から市に苦情があったという杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
伐採工事を目にした住民の一人は「これからは夏の強い日差しで大変だ」と嘆いていました。案の定、夏が来て苦情の電話が何本も市に寄せられたそうです。
街路樹管理方針で幅員確保のために伐採と規定
府中市は2017年3月に街路樹管理方針を定めています。歩道の幅員が2.0メートルを満たさない歩道の街路樹は伐採するとしています。事前に住民の意見を聞くということは書かれていないので、方針通り実行したのでしょう。
――市道路課に聞くと方針は業者に頼んでつくってもらったとのことです。専門の学者などの意見も聞いていません。先の分梅通りの街路樹の伐採も、一人の町内会長が市に街路樹を伐採するよう強く申し入れていたことがわかりました。地域のボス的な人で、自分の言ったことを市にやらせているんだと、私に豪語していました。それを拠り所に伐採された節があります。他の周辺地域の町内会長さんで伐採を要望した人はいませんでした。
大きな声を出す人がいると、市がそれに従いがちです。他の人たちが黙っているとなおさらです。
千代田区のイチョウ並木杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
――東京都千代田区の神田警察通りの街路樹であるイチョウの伐採に伴う住民紛争も、落ち葉で大変だという特定の沿道事業者の声だけ拾って、区は伐採を決めています。住民紛争の起きているところの多くは、住民に相談せずに自治体が決め、紛争を招いています。
環境省は暑さ対策ガイドラインで街路樹を評価
――伐採を進めてきた行政側が街路樹の保護と活用を言い始めています。環境省の「まちなかの暑さ対策ガイドライン」(2019年)では街路樹の日陰効果を重視し、樹冠を広げるなどの具体策を書いています。
また東京都が緑を未来に継承するための「東京グリーンビズ」(2023年)でも、街路樹の整備を行っていることを強調しています。それを補完するためか、大学生に行ったアンケートを紹介し、「街路樹の整備」が、寄せられた意見で4番目に多かったとしています。気候変動が大きな問題になってきたからだと思います。
ただ、東京都はかつて「街路樹100万本計画」(2008年)を打ち出し、2023年に達成したとしていますが、実態は違います。増やしたのは高さ2~3メートルが中心で、とても日陰などつくれません。都は耳あたりのよい政策を打ち出すのがうまいのですが、実態をよく見ないといけないと思います。
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東京都のマニュアルで住民への配慮を初めて打ち出す
私が委員として参加した『東京都街路樹診断マニュアル改訂版』(2021年)では、初めて『住民や地元自治体といったステークホルダーとの調整』が章立てで盛り込まれました。周辺住民への配慮を求めています。それまでのマニュアルはハード一本槍でしたが、初めてソフトが入りました。
街路樹を管理する職員は土木出身者が占め、大学で造園を学んだ職員はほとんどいません。街路樹を管理するのであれば、まずは樹木の専門知識も身に着けてほしいですし、時には専門家にも意見を求めてほしいですね。苦情だけでなく住民全体の意見に耳を傾けることも必要です。
千代田区の切られたイチョウ杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
街路樹には計画的な維持管理が必要です。それが結果的に樹木の健康と長寿命化、倒木などの事故発生防止につながります。マニュアルでは新たに街路樹の根の保護について言及しています。これまで、道路工事の際に根を傷つけたことによって根が腐り、倒木につながったと考えられる例も多く報告されていたからです。
樹木に過酷なバリカンで刈ったような強剪定
――その関連ですが、専門家から東京都などが行っている強剪定に批判がでています。バリカンで刈り上げるように枝葉の大半を切って、鉛筆のようにしてしまいます。枝葉が広がると管理が大変なのかもしれませんが、欧米でこんなことをやっている国はどこにもありません。
2年に一度剪定をするほどの予算もとれないので、管理者としては剪定の時は可能な限り樹木を小さくしておきたいという意識が働くわけです。しかし、そのような管理では樹木は痛み弱っていきます。もちろん樹冠被覆率(ある土地の面積に対して、枝や葉が茂っている部分の割合)は低く、これでは緑の陰を増やすことはできません。
――せっかくの街路樹がかわいそうです。欧米諸国を見ると、枝葉が広がり、広大な緑の陰を演出しています。日本は貧困そのもの。東京大学の研究チームによると、東京23区の樹冠被覆率は2013年の9.2%が2022年には7.3%に減少しています。街路樹の本数だけでなく、樹冠被覆率をどれだけ高めたかを問題にしてほしいと思います。
住民と専門家を交えた計画が必要
――必死に芽を出そうとする行為に、樹木の生命力を感じます。ところで、街路樹の木の種類はどのように決まるのでしょうか。都の場合、多いのはハナミズキ、イチョウ、サクラ、トウカエデ、ケヤキの順です。
先人が探してきて道路環境にふさわしい樹木を植えてきた歴史があります。都市環境に適した、例えば排ガスに抵抗力があるとか、乾燥に強いとか。現在ハナミズキが多いのは、大ヒット曲で歌われて木自体のイメージが良いうえ、あまり大きくならずに枝葉も少ないので管理費が安いからです。しかし、乾燥には弱く、広い道路に植えられてしまうとうまく育たないものや枯れてしまうものも出てきます。
もちろん樹冠が小さいので緑陰は期待できません。一口に道路といっても、幅員や交通量、沿道環境は様々です。その道路空間に求められる街路樹の効用をまず検討し、その効用を最大限に発揮するためには、どのような樹種が適していて、どのような大きさで維持していくことが妥当なのか、住民と専門家を交えた計画が必要なのです。
細野哲央(ほその・てつお)
樹木医、博士(農学)。千葉大学環境健康フィールド科学センター助教などをへて、2018年、一般社団法人地域緑花技術普及協会を設立。樹木医研修講師(一般財団法人 日本緑化センター)など。植栽や庭園の施工・維持管理技術、緑化樹木の生産・管理技術に詳しい。一般社団法人地域緑花技術普及協会は、緑花(りょくか)の知識・技術の普及活動、各種資格認定講座や研究会を開催し、実践する市民の支援や専門家・管理者とのネットワークづくりにも取り組む。
ホームページ https://stageforgreen.org