日本の失われた里山5選!なぜ身近な自然は破壊されたのか

日本の失われた里山5選!なぜ身近な自然は破壊されたのか

かつての日本は各地に「里山」と言われる自然環境が多く見られました。 里山は生物多様性を保持するだけでなく、人の生活を支え、災害リスクを低減するといった役割がありますが、開発や生活の変化によって失われつつあります。

今回は、失われた日本の里山をご紹介します。

里山とは?役割と失われる理由

里山とは、人々の暮らしから近い場所に広がる山や森、田畑、溜池などの自然環境を指し、人の手によって維持・利用されてきた、という点も特徴となります。 現在の里山は、その多くが原生林を伐採し、生活資材を得るために整備された二次林です。

そのため、人々にとっては日常生活と切り離せない存在でもあり、燃料となる薪炭、堆肥の材料となる落ち葉が資源として利用されていました。 また、人の手によって伐採と萌芽更新が繰り返されていたため、独自の生態系が維持され、昆虫や草本植物が生息。 まさに、人と自然が共存する場所だったのです。

しかし、化学肥料や化石燃料が急速に普及すると、人の手が入らないまま放置されてしまう里山が全国に広がり、もしくは開発事業によって、その機能が失われてしまいます。 手入れが行き届いた里山は、土砂崩れや洪水といったリスクを低下させ、人と野生動物の生活圏の緩衝地帯としての役割がありました。 里山が失われると災害リスクが増加し、イノシシやクマといった野生動物が人里まで下り、農作物に被害を与えるだけでなく、人的被害が報告されるケースも増えてしまうのです。

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失われた日本の里山5選

日本では多くの里山が失われています。今回はその代表的な地域を以下の通りご紹介します。

  • 各地のニュータウン
  • 瀬戸市の採掘地
  • 神戸市須磨周辺
  • 播磨科学公園都市
  • 筑波研究学園都市

なぜ里山が失われてしまったのか、それぞれの経緯を見てみましょう。

各地のニュータウン

年代、日本は高度経済成長期に入ると人口爆発による住宅不足が課題となりました。 そのため、都市郊外で山を削って谷を埋める、大規模な開発を行う計画が立ち上がり、多くの里山が失われてしまいます。

代表的な例で言うと、東京の多摩ニュータウン、大阪の千里ニュータウン、宮城の泉パークタウンなど。 どこも美しい里山の景色が広がっていましたが、現在は住宅地が並ぶ地域となっています。

ただ、開発から60年ほど経過し、計画的に配置された広大な公園や街路樹が増え、中には里山再生の取り組みも行われています。 それでも、多くの自然は失われたまま戻らず、ニュータウンは人と自然の関係を考えるうえで重要な地域と言えるでしょう。

瀬戸市の採掘地

愛知県の瀬戸市は「瀬戸物」の産地として知られ、古くから陶器を焼くために里山の木が伐採されていました。 そのため、江戸末期は禿山が広がるさみしい地域となっていましたが、地道な植林活動が行われ、戦後は美しい里山が回復しています。

しかし、この地は陶土だけでなく、ガラスや液晶の原料となる珪砂(けいしゃ)も採取できるため、戦後の高度経済成長期から「陶土珪砂採掘場」が作られることに。 大規模な採掘によって変化した地形は、アメリカのグランドキャニオンを彷彿とさせることから「瀬戸グランドキャニオン」と呼ばれるほど荒々しい景観となっています。

ちなみに、瀬戸市には「海上の森」と呼ばれる里山があり、こちらは1988年に愛知万博構想が発表された際、その開催地となる予定でしたが、貴重な動植物に影響すると大規模な反対運動が行われ、計画は変更されました。 そのため、海上の森は現在も広大な里山風景が広がっています。

神戸市須磨周辺

兵庫県神戸市の須磨は海と山が近くに接する地域で、かつてはアカマツやコナラの雑木林が広がり、小さな池と湿地が点在する里山の風景がありました。 しかし、1960年代の戦後復興と経済成長により、神戸市は「住宅不足」と「港の土地不足」という課題を抱えていたため、山を削って住宅地を造り、その土で海を埋め立てて人工島を造る、という計画を立てます。

この計画では、高倉山から採取した土砂をベルトコンベヤで海に運ぶという手法が取られ、その様子は「山、海へ行く」と形容されました。 結果、標高291mあった高倉山は周辺の里山と消滅。高倉台団地となりました。

また、採取された土砂により、ポートアイランド、六甲アイランド、神戸空港島といった有名な人工島が造られたことも有名です。

播磨科学公園都市

播磨科学公園都市は、兵庫県南西部にある学術公園都市ですが、かつてはアカマツやコナラを中心としていた二次林が広がっていました。 しかし、人と自然と科学が調和する高次元機能都市というコンセプトのもと、1980年代後半から開発が始まり、山頂の大型放射光施設「SPring-8」を始め、有名建築家たちによるアーティスティックな都市が里山に造られました。

現在も播磨科学公園都市は自然と調和がとれた都市のような印象を受けますが、生態系は細かく分断され、里山としての機能は低下したと言わざるを得ない状況です。

筑波研究学園都市

筑波研究学園都市は茨城県南部の筑波台地に位置する、研究学園都市です。 もともと、ここは平坦な台地にアカマツやコナラを中心とした雑木林が続く地域で、住民は落ち葉を集めて肥料に使うなど、里山として機能していました。

しかし、1960年代、東京の過密解消と科学技術の振興を目的に国家的な都市建設が決定。 筑波台地は平坦な土地であるため、山を削る必要はなく、既存の林や畑が次々と区画整理され、里山の風景は姿を消していきました。

現在も、平地林を残した公園が点在していますが、レクリエーションのための「都市公園」としての側面が強く、残った里山も農家の高齢化により管理が放棄され、竹林の侵食が進んでいます。

大切な里山を失わないために

このように、日本は里山を始めとする多くの自然を失っています。 私たちは自然から恩恵を受けて日々生活しているため、環境汚染を広げないよう注意しなければなりません。 こういった大きな課題は「個人で解決できるものではない」と考えがちかもしれませんが、ひとりひとりの意識が大切なことも確かです。

誰でも心掛けられる環境を守る行動は、リユース・リサイクルが挙げられます。 特に再利用を意味するリユースは、マイボトルを利用する、フリマアプルで中古品を売るなど、選択肢が多い行動と言えます。

他にも、買取や寄付と言ったリユースに関するサービスは多く、積極的に利用が可能です。 いらいないモノを片付けたい、捨てるのはもったいないと感じたときは、ぜひリユースにつながる行動を試してみてください。

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