木質バイオマスとは?現状や課題を木口実教授に聞いた(後編)

木質バイオマスとは?現状や課題を木口実教授に聞いた(後編)
インタビューに応える木口実教授。

木口実教授のインタビュー後編。今回は、セルロースナノファイバーから、最新の改質リグニンまで主にマテリアルでのバイオマス利用について話を聞いた。

木質バイオマス「セルロースナノファイバー」の可能性

――セルロースナノファイバーを使用した製品はどんなものがありますか?

セルロースナノファイバーを使用した製品には、ボールペンがあります。三菱鉛筆がセルロースナノファイバーをゲルインクの粘度調整剤として配合したボールペンを開発しました。

セルロースナノファイバーの持つチキソトロピー性(溶液に力を加えることで粘度が低下する現象)という性質を利用することで、インクの粘度が適切に変化し、インク溜りができずしっかりときれいな描線を書くことができます。速乾性にも優れているため、非常にかすれにくい。左手でボールペンを使って文字を書くとかすれることが多かったため、左利きの方に好評だったそうです。

特に、ヨーロッパは人口の約3割が左利きだということで、ヨーロッパでの販売量が好調だったようです。もちろん日本でも売れています。

――ほかに、日本製紙が介護用おむつに使用していましたよね。

製紙用パルプにTEMPO酸化を行うと、セルロースの表面にカルボン酸(COOH)がつきます。くっつくとセルロースナノファイバーの結合力が弱まることで繊維がパラパラととれるのですが、カルボン酸があると銀イオンにも反応します。紙おむつは消臭殺菌のために銀粒子が含まれています。カルボン酸が銀イオンによく反応するため、従来の2-3倍の銀を含めることが可能となり、この紙おむつは、消臭効果・殺菌効果が従来品の2-3倍になりました。

ほかにも、アシックスがマラソンシューズの底に活用しています。減りが少なく、軽量化できますし、耐久性も向上します。オンキヨーはスピーカーに使用して、再生した音をよりシャープにしていますし、凸版印刷はセルロースナノファイバーを含有した透明フィルムにより酸素透過性を大幅に低減した包装用フィルムを開発しています。

また、木製食器用の塗料に使用すると、今まで塗料がはがれるので、漆塗りなどの木製食器は食洗器にかけられませんでしたが、セルロースナノファイバー含有の塗料を塗布すると、塗膜が丈夫になりますから、はがれにくく、食洗器で洗えるようになります。

私が在籍していた森林総合研究所でもセルロースナノファイバーの研究を行っています。中山間地域でもパルプ化できるシステムを開発し、スギ材のパルプを製造し、酵素で処理してセルロースナノファイバーにします。

すると、薬品を使わないので、食品にも使用することが可能になります。化学処理の多くが食べ物に使えないので、例えば、そのように酵素処理で作ったセルロースナノファイバーを食べ物に混入させると、高齢者用にゼリー状で食べやすくなるような食品も開発できます。

セルロースナノファイバーの用途は拡大していて、今後もさまざまな製品に使用されると思います。

新しい木質バイオマス利用 改質リグニン

改質リグニンについて説明する木口教授。

ほかに木質バイオマスのマテリアル利用としては、「改質リグニン」があります。これは、森林総合研究所の山田竜彦さんの研究チームが開発して、私も研究に協力しました。

――リグニンとはどのようなものですか?

リグニンは、木材の25-30%含まれている成分です。木材から製紙用パルプにする際に、アルカリや酸を使用するため、セルロースを取り除いた後のリグニンは変成し、反応性もなくなるためこれによる製品化は困難であり、残ったリグニンはパルプ産業では燃料としてエネルギー利用されています。パルプ産業では、このリグニンを黒液と呼んでいます。

また、リグニンは針葉樹、広葉樹で化学構造が異なっており、取り出し方でリグニンが変質してしまうのでセルロースのような均一性がなく、工業製品に活用することはできませんでした。

それを、山田さんの研究チームはスギからポリエチレングリコールという薬品で処理する最適な抽出法を開発して、非常に均一で任意に化学構造を変えたリグニンを取り出すことができることを発見しました。スギという日本にしかない木材から均一なリグニン(改質リグニン)を取り出すことができるということで、林野庁が期待しており、共同研究もしています。

――改質リグニンはどういった特性があり、どんな製品に使われると予測ができますか

改質リグニンは、石油類にある芳香核構造でできているので、棟の成分からなるセルロースナノファイバーよりも高機能なものを作れる可能性があります。エンジニアリングプラスチックのような石油化学製品の代替もできるかもしれません。

例えば、この改質リグニンは界面活性効果が高いです。水にも油にも溶けます。セメント分散剤などで効果を発揮します。

セメントは、水と混ぜないと使えません。ただ、入れすぎるとぐずぐずになり、強度が弱くなります。いかに少ない水の添加で流動性をもたせるかが一番大事です。改質リグニンを使えば、セメントは凄く柔らかくなり、今まで使われていたものの5倍の効果がある。しかも、従来製品の5分の1の量で十分で、コストが安い。少ない量でいいので良いコンクリートができます。

ほかに、産業技術総合研究所とともに、粘土クレイとリグニンからなる平滑で高い酸素バリア透湿性に優れた電子基板やフィルム、高性能パッキンなども開発しました。糸状に引いて炭素繊維にすると、活性炭より内部表面積が大きい高性能な吸着剤などにも使用できます。

また、リグニンは耐熱性が高く、200-300度ぐらいまで耐えられますので、自動車のエンジン回りの部品などにも使用することが可能です。自動車メーカーと共同で自動車用のパーツも現在、開発中だと聞いています。

――改質リグニンの研究上の課題はありますか?

スギから改質リグニンとしてリグニンを取り出してしまうと、残渣としてセルロースが得られますが、これからセルロースナノファイバーのような高付加価値製品を製造するにはまだいくつかのハードルがあります。

ですので、山田さんの研究チームはセルロースナノファイバーよりも高機能なリグニン製品をまずは製造することが重要であると言っています。

セルロースナノファイバーにする木材もあれば、改質リグニンにする木材もあるといった風に、さまざまなマテリアルでのバイオマス利用の選択肢があることが重要だと思います。

オイルリファイナリーからバイオリファイナリーの世界へ

――持続可能な社会の実現にどのようなことが大事だとお考えでしょうか。

SDGsなどの持続可能な社会の発展というのは、再生産可能で膨大な資源量を持つ木材のような生物材料が鍵を握っていると思います。

将来的には、工業製品も石油などの化石資源で作るのでなく、木材を原料にしていくっていうのが基本になっていくといいのではないでしょうか。今までは、さまざまな製品が原油から作られていました、オイルリファイナリーという精製工程ですね。それを、バイオリファイナリーの精製工程に変える。そうしなければ、持続可能な社会の実現は難しいと思います。

木質資源によるバイオリファイナリーに世の中が変わることを切に願っています。

木口 実(きぐち・まこと)
1959年、東京都出身。博士(農学)。1984年東京農工大学大学院修了後、林野庁林業試験場(現(国研)森林総合研究所)入所。木材の表面処理、耐久性向上、木質系機能材料の開発に関する研究に従事。2013年から森林総研バイオマス研究担当研究コーディネータ・ディレクター、2017年九州支所長。2018年より日本大学生物資源科学部バイオマス資源化学研究室教授となり現在に至る。第5回日本木材学会奨励賞、第16回同技術賞、第59回科学技術庁注目発明賞、日本木材保存協会第1回功績賞等受賞。

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