【消費者の選択が世界を変える】環境に配慮した商品の先駆け「ヤシノミ洗剤」の誕生秘話と感じられた時代の変化とは サラヤ株式会社 廣岡竜也さんインタビュー

かつては洗剤成分を始めとする生活排水が、河川と海を汚染していると問題視されていましたが、浄化設備の技術向上やメーカーの努力により、大きく改善されました。 環境に配慮された洗剤は今でこそ数多く存在しますが、その先駆けと言える商品がサラヤ株式会社の「ヤシノミ洗剤」です。
1971年から販売されるヤシノミ洗剤の特徴や誕生の経緯を、サラヤ株式会社 広報宣伝統括部 統括部長の廣岡竜也(ひろおか たつや)さんにお伺いしました。
環境配慮の先駆け商品!ヤシノミ洗剤の誕生秘話
――サラヤさんと言えば、環境に配慮された商品「ヤシノミ洗剤」が有名ですが、どのような経緯で誕生したのでしょうか。ヤシノミ洗剤の特徴についても教えてください。
ヤシノミ洗剤はサラヤを代表する商品の1つで、高度経済成長期のタイミングで誕生しています。 当時、洗剤の洗浄成分は石油から作る合成界面活性剤が主流でしたが、これはコストに優れるものの、環境負荷が非常に高いという問題点がありました。 今と違って浄化設備も優れたものではなく、排水として流れた合成洗剤が川や海を汚染し、社会問題として注目されていたのです。
そんな中、サラヤの創業者である更家章太が、環境に優しい洗剤の開発に乗り出します。 更家章太はもともと三重県熊野市で代々林業を営んでいた家系の生まれであり、自然豊かな環境で育ちました。 そのため、起業の際も自分を育ててくれた自然を汚すことのない商品を作ろう、という意思があったと聞いています。
もう1つの背景として、サラヤが手洗い用の石鹼液で創業した会社だったことがあります。 昔は学校や公共施設の手洗い場には、蛇口の横に緑色の石鹸液が入った容器が設置されていました。 あれを日本中の手洗い場に設置し、手洗いを広めた会社がサラヤです。

また、サラヤの石鹸は給食センターで採用されていましたが、そこのスタッフの方々から「手が荒れない」と評判だったこともあり、家庭用の洗剤を出すときは手肌と環境に優しい商品にしよう、というコンセプトのもと、ヤシノミ洗剤が作られました。
ヤシノミ洗剤の特徴は、まず環境に優しいことです。石油系洗剤の環境汚染に対するアンチテーゼ的に作ったこともあり、洗浄成分は植物性のヤシの実が由来となっています。 もう1つの特徴は、無香料無着色であることです。 合成の香料や着色料は入っていたとしても、洗浄力にまったく関係なく、手が荒れるし、環境に負荷をかけてしまいますが、無香料無着色の洗剤は今でも珍しい商品と言えます。 なぜ珍しいのか。それは原料コストが大きく関係し、ヤシノミ洗剤が他の洗剤に比べて、価格が高い理由につながります。
ヤシノミ洗剤の原料はその名の通り、ヤシの油を絞って精製しますが、最初の状態は濁っていて臭いもあるし、不純物だらけです。 その状態から精製を重ねて不純物を取り除きますが、工程が増えれば増えるほどコストも高くなってしまう。 ただ、色や香りを付けてしまえば、原料の濁りと臭いも分からなくなるため、精製の回数を抑えて、コストを減らす洗剤も少なくありません。

それに対し、ヤシノミ洗剤はコンセプトである「手肌と地球に優しい」を守るためにも、精製度の高いハイグレードな原料を使っています。 コストは高くなりますが、余計な添加物が減ることもあり、排水は素早く分解され、何よりも手肌と地球に優しい。 このコンセプトは50年前に誕生した時から何も変わっていません。
しかし、最初は少しも売れず、販売に苦労しました。当時は石油原料でコストが低い洗剤が主流だったため、いくら手肌と地球に優しくても、価格が高いために取り扱ってもらえなかったのです。 大阪の無名な企業が、大手よりも50円ほど高い洗剤を販売しようとしたのですから、中には「生意気だ」と感じた問屋も多かったのでしょう。
それでも、更家章太は「良いものはきっと認めてもらえる時代がくる」と諦めない姿勢で、何とか我々のコンセプトに共感してくれる数少ない問屋さんたちの協力を得ながら、細々と販売を続けたという過去があります。
ヤシノミ洗剤は販売スタイルもデザインも環境配慮から
――サラヤさんのヤシノミ洗剤は、販売スタイルやパッケージデザインも環境に配慮された工夫が施されていると聞きます。どのような工夫があるのでしょうか。
ヤシノミ洗剤は販売に苦戦していましたが、更家章太はこの商品に愛を持って、さらなる改良を考えました。
最初に目を付けた点は、洗剤を使い終えたらボトルは捨ててしまうだろう、ということです。 ボトルも貴重な石油資源から作られています。それなのに、毎回捨ててしまうことはもったいないし、プラスチックごみだって増えてしまう。
だったら「中身を詰めかえれば良い」という結論に至り、日本で初めて台所洗剤の詰め替えパックを販売しました。 今でこそ、当たり前になっている詰め替えパックですが、後にこれが自分たちの首を絞めることになります。
ヤシノミ洗剤は、たくさん売れるわけではありませんでしたが、そのころから一定のお客様に支持いただいていました。 つまり、リピーターによって支えられていた商品でしたが、そういったお客様は詰め替えパックが出てから、それしか買わなくなってしまったのです。 すると、小売業者の方々も「詰め替えパックしか売れないから、それだけ置いておけばいい」と考えるようになり、ヤシノミ洗剤に興味を持ってくれた方がスーパーで探してくれたとしても、詰め替えパックしかなく、新規獲得に苦労するという状況に陥ってしまいました。逆を言えば、それだけリピーターさんに支えられた商品だということでもあります。

ヤシノミ洗剤はボトルデザインも環境に配慮されています。 ヤシノミ洗剤のボトルを見ていただくと、真ん中にロゴが入っているだけ、というシンプルなデザインです。
本来なら商品名が命で、目立つように表示するものかもしれません。 最初はヤシノミ洗剤も商品名を目立たせていましたが、詰め替えを推奨するようになってからは「商業色の強いボトルをキッチンに置き続けたいだろうか」という疑問が浮かび、長く続けてもらえるデザインが必要と考えたのです。
結果、現在のヤシノミ洗剤は、商業色を抑えてインテリアに馴染むよう、ステンドグラス風のボトルデザインとなっています。
もう1つの特徴として、日本で初めて洗剤にポンプ式のボトルを採用したことも挙げられますが、これも環境配慮を重視して洗浄成分濃度を低くしたことが関係しています。 一般的な洗浄成分濃度は30~40%となり、これが高ければ高いほど当然油汚れがよく落ちますが、その分だけ手肌が荒れるし、界面活性剤が大量に流れて環境負荷も大きくなってしまうものです。
そのため、ヤシノミ洗剤は洗浄成分濃度が16%と他社に比べて半分程度としました。 これは洗浄力と手肌・環境に対する優しさのベストバランスを考えて決めた数値となりますが、洗い物の量が多い、油汚れがひどいときは継ぎ足して適量使ってもらうことになります。

そんなとき、本体をプッシュするタイプのボトルだと、手を取るたびに滑って使いにくい、というデメリットがありました。 これを解消するために、手に取らずとも継ぎ足しが可能なポンプ式を採用した、というわけです。
環境に優しい洗剤の在り方を常に意識して販売してきた。それがヤシノミ洗剤の在り方だと言えます。
ボルネオ島の環境保全活動は驚きのきっかけ
――ボルネオ島における環境保全活動も積極的に取り組んでいると伺いました。これはどういった経緯で始めたのでしょうか。
きっかけは、2004年にテレビ取材のお話があったことです。 ボルネオで熱帯雨林の伐採が進み、行き場を奪われたゾウが現地住民とトラブルを起こし、動植物の絶滅危機が問題になっている。原因はヤシの畑が広がっているからだ、と。 それを特集した環境番組を作るためにも、ヤシの畑から取れた油を使っているメーカーのコメントが欲しい、という話でした。
この取材を受けることは、どう考えてもリスクしかないと感じました。この頃はヤシから取れる油、パーム油を使った洗浄成分は珍しくなく、サラヤよりも大手企業の方が大量に使っていたはずです。 それなのに、なぜサラヤなのか。そう問うと、どこも取材を受けてくれなかったから、という回答でした。
私はお断りするつもりで、社長の判断を伺ったのですが、驚くことに「取材を受ける」という決断だったのです。 なぜですか、と聞いたら社長はこう答えました。
「確かにヤシノミ洗剤は環境に優しい洗剤として作ってきたが、それはプロダクトとして突き詰めただけであって、原料の調達という川上のことは考えられていなかった」
ヤシノミ洗剤の原料は、出来上がったものを商社から購入し、独自のブレンドを施しているだけで、確かに原料調達や生産地のことは把握していませんでした。 変に黙って「何か隠しているのでは」と疑われるよりは、知らないことは知らないと伝える。その上で、自分たちがその問題に対して、改善のために活動するとアピールすれば良い。 そんな結論に至り、私たちはテレビの取材を受けました。
しかし、残念ながらテレビでは「環境問題が起きていることは知りませんでした」と答えた部分だけが放送され、次の日から電話やメール、手紙でご意見をいただくことになってしまいます。 内容は「環境破壊する洗剤を作らないでください」や「騙された」など、今で言う大炎上の状態です。
恐れていたことが現実になってしまったが、起きたことは仕方がない。それよりも、しっかりと対策を取っていこう。そう切り替えてから、まずテレビで放送された環境破壊が事実なのか、という点から調査を始めました。

ボルネオに調査員を派遣し、現地調査を行ったところ、ヤシの畑による環境破壊は間違いなく起こっていました。 ただ、パーム油が何に使われているのか調べたところ、85%が食用だったのです。 原因は世界中で広がる食用の需要であって、石鹸洗剤は7%程度。そのすべてがサラヤによるものではなく、もちろん世界中の石鹸洗剤メーカーが使っています。
また、今後サラヤではパーム油を使わない、という話も出ましたが、さらに調査を進めると現地にとって重要な産業であり、人々の生活を支えていることが分かりました。 産業を否定して、我々が現地の人たちに、何か提供できるかと言われたら、そんなこともない。 それに、世界中の食用需要を賄っているもので、他の油が代わりになれるわけでもありません。 なぜなら、パーム油は他に比べて圧倒的に生産効率がいいからです。
だとしたら、私たちに何ができるのか考えたとき、この油を使い続けるための持続可能な環境を整備するべき、という結論に至りました。
持続可能な原料調達は動植物を守ることに
――そこから、さまざまな活動に発展していくのですね。具体的に、どのような活動を行っているのか教えてください。
まず違法な伐採や労働が起こらないよう、新しいルールを作るべきだと考えました。 ルールについて調査したところ、外国に同じことを考えている人たちがいて、WWFやユニリーバを中心とした、RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議)という国際NPOの存在を知ります。
そこで、日本企業で初めてRSPOに加盟し、サラヤでパーム油を利用した商品には環境に配慮した原料調達を証明する「RSPO認証マーク」の表示を始めました。 また、現在もRSPO加盟企業として、持続可能なパーム油生産のためのルール作りに協力しています。
次に現地の活動ですが、現地の野生生物局と協力して、ゾウやオランウータンの救出活動から始めました。 内容は、生息地を追われ傷ついた野生のゾウを保護するエレファントサンクチュアリを作ったり、森が分断されて食事や繁殖の場を失ったオランウータンのためにつり橋を作ったり、多岐にわたります。
しかし、最初は困っているゾウやオランウータンが次々と見つかってキリがなく、環境の専門家や環境団体、生物学者といった方々に相談したところ、生息域の確保が重要だという助言をいただきました。 そのときは、農地と動物たちの生息地が入り混じった状態で、これが大きな問題だったのです。 動物の生息域をしっかりと確保し、人間はそこに踏み入らない。 そういった環境を実現するために「緑の回廊計画」という、分断された動物の生息域をつなぐプロジェクトを始めます。

緑の回廊は、動物たちも生きていくために水が必要であるため、川沿いを確保する必要がありましたが、既に森が伐採され、畑になっているケースも少なくありませんでした。 中には違法に畑を作っている農家の方もいて、返してもらえないかと交渉しても「許可を取っている」と話は通じません。 だとしたら、買い戻すしか手段はありませんが、資金調達の問題があります。
買い戻すために、いくら必要なのか計算したところ、200億円は必要という結果でしたが、サラヤだけではそんなお金を用意できません。 ただ、ボルネオ島のパーム油は世界中の人が利用するものなので、寄付と言う方法が最適ではないか、という案が出ます。 1人200円ずつ寄付いただければ、日本人だけで集められる金額ではありますが、急に「サラヤの活動に寄付してください」とアピールしても、他の企業まで巻き込めるものではなく、中立な環境団体の必要性を感じました。
そこで、現地の生物局と協力して「ボルネオ保全トラスト(BCT:Borneo Conservation Trust)」というNPO法人を立ち上げ、パーム油を使うさまざまな企業に寄付いただける形にしました。 もちろん、サラヤもボルネオ保全トラストに加盟する企業の1つとして、ヤシノミ洗剤の売上の1%を寄付するという仕組みにしています。
これが2007年のことでしたが、売上の一部を寄付するといった手段は当時珍しかったこともあり、多くのメディアから「社会貢献とビジネスを両立させている」と紹介され、一般の方たちに認識されるきっかけになりました。
これらの活動を始めたころは、バイヤーさんや弊社の営業マンですら「環境配慮ではものは売れない」と言っていましたが、20年近く経った今では環境に配慮した商品でなければ売れない時代がやってきたと言えます。 現在もパーム油を使ったサラヤの一般家庭用商品は、すべてRSPO認証マークを付け、売上の1%が寄付の対象となり、ボルネオ島の環境保全につながるという形ですが、当時に比べて世の中からの見られ方も変わってきた、という印象です。
消費者の選択が世界を変える
――現在も、ボルネオ島の環境保全活動は続けられていますが、当時に比べて変化したことはあるのでしょうか。
私たちの活動も20年近く行っていますが、ボルネオの都市は発展し、整備された道路も増えました。 これはボルネオのパーム油産業が発展しているということです。 世界的に人口が増加していることもあり、パーム油の需要は増え、ボルネオの産業はどんどん伸びている。 そして、産業が発展しているのなら、環境破壊も進んでいると言えるでしょう。
また、パーム油の食用需要はここ最近で、全体の80%から70%に減少しました。 何が変わったのかと言ったら、バイオディーゼルの普及です。 環境に優しいとされるバイオディーゼルですが、実はパーム油を利用して森林破壊を進めているという矛盾点が出てきているのです。
一方で、ボルネオ島の一部を領有し、私たちの活動地域でもあるマレーシアでは、政府がパーム油産業について、よりルールを作り込む姿勢を見せ始めています。 政府としても「環境破壊を進めている」と他国から認識されることは避けたいようです。
大きなプランテーションを所有する企業も似たような方針で、自然や動物たちと共存するような取り組みを始めています。 以前は作業中の農園に入ってきたゾウを殺してしまうこともあったようです。しかし、最近はゾウが農園に入ってきたら、人間の方が移動して別エリアで作業していると聞きます。 他にもゾウが農園に入ってこないよう、通り道を作るなど、そういった取り組みを進めるプランテーションも増えて、環境について考え始めています。 それでも、パーム油のニーズに応えるために生産も続いている、という現状です。
――最後に、これからも環境配慮や持続可能性といった取り組みを続けていくと思いますが、社会に対し、そういった意識をどのように広げたいとお考えでしょうか。また、私たち消費者が環境を守るために必要な考えや心掛けるべきことなど、メッセージがあればお願いします。
私たちサラヤも基本はメーカーなので、プロダクトで語るという方法が一番だと思っています。 ヤシノミ洗剤も消費者とコミュニケーションを取るための手段の1つと言えるでしょう。
ヤシノミ洗剤は価格が高いと言われるかもしれません。しかし、それは無香料無着色や持続可能な原料調達によってコストが重なっている、という背景があります。 これらの背景に加え、ボルネオ島の環境改善のために売上の1%を寄付しているという活動も共感して、ヤシノミ洗剤を選んでいただきたいです。
そのようにして、ヤシノミ洗剤が消費者と社会問題をつなぐハブでありたい、と思います。 消費者の方にはヤシノミ洗剤を始めとするサラヤのプロダクトを利用いただくことが、社会問題に関わるきっかけになる。 そういうスタンスで取り組みを広げたいと考えています。
また、今の時代は本当に便利になりましたが、だからこそ廃棄物が増えてしまう。 その中で、ただ便利を享受するだけでなく、環境に対する配慮が必要です。 昔は大量生産・大量廃棄が是とされていましたが、今は時代が変わっています。 商品がどのように作られて、どのような考えがあるのか、背景も重要視されるようになったと言えるでしょう。 この変化は消費者が変化したからだ、と感じています。
私たちメーカーは、あくまで消費者によって価値が決められるものです。だから、消費者の選択が世界を変えると言えます。 自分たちの行動で世界は変わらないと考える人がほとんどだと思いますが、皆で協力すれば世界は変わるものです。 実際、ヤシノミ洗剤を取り巻く環境が20年前と比べて大きく変わったのですから。
環境を配慮していては商品が売れないと言われていた時代が、環境に配慮しなければ売れなくなっている。 これも消費者が変わったからです。 なので、消費者の方たちには「自分たちの暮らしが世界を変える」と意識しながら、商品を選んでいただければと思います。
参考:サラヤ株式会社 公式サイト
廣岡竜也(ひろおか たつや)
大学卒業後、広告代理店を経てサラヤ株式会社へ入社。広報宣伝部にて「ヤシノミ洗剤」「アラウ」「ラカント」など一般小売用商品のブランディングをはじめ、広告ディレクション、コピーライティングなどを手掛けるかたわら環境保全活動にも携わり、CSR活動の企画、広報活動も担当。個人としても数多くの広告賞を受賞している。