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パリ協定から再び離脱か トランプ大統領の米国の気候変動対策はどうなるのか

パリ協定から再び離脱か トランプ大統領の米国の気候変動対策はどうなるのか

「ドリル、ベイビー、ドリル!」(掘って、掘って、掘りまくれ!)。インフレに苦しむ国民に向けて天然ガスの開発を看板政策にし、大統領選挙でハリス副大統領に圧勝したトランプ氏は、2月の就任後ただちに、世界各国が気候変動対策に取り組むために合意した「パリ協定」からの離脱を宣言すると見られています。

世界で第2位の温室効果ガスの排出国で、圧倒的な経済力を持つ米国の政策転換は、世界各国に大きな影響を与えそうです。日本も対岸の火事ではありません。トランプ氏の主張と米国の気候変動対策を調べてみました。

ジャーナリスト 杉本裕明



低調だった気候変動国際会議のCOP29

アゼルバイジャンの首都バクーで11月に開かれた気候変動対策を協議するCOP29(国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議)は、途上国の気候変動対策を支援するための資金の新たな目標額を巡って難航したが、先進国が資金を増額することで決着し、閉幕した。

事務局の草案は、先進国による途上国への支援規模を2035年までに年間2,500億ドル(約38兆円)に増やすとしていた。しかし、支援国側は年間1兆ドル以上を求めており、会議を延長し、3,000億ドル(約45兆円)に増額することで合意した。

開催国の大統領が化石燃料を擁護

そもそも、会議はのっけから波乱含みだった。議長国アゼルバイジャンのアリエフ大統領は12日、首脳級会合の冒頭でこう言ってのけた。

「西側メディアが自国を石油国家呼ばわりするのは不公平だ。フェイクニュース・メディアが虚偽の情報を流している」

アゼルバイジャンは世界第2位の産油国だ。化石燃料は人類を豊かにしてきた。アゼルバイジャンの経済と国民の生活を支えている。それを、地球温暖化をもたらす悪者扱いするとは何事か! そんな怒りが伝わってくる。

COP29が開催されたアゼルバイジャンの首都バクー

アゼルバイジャンの石油生産のシェアは世界の0.7%、ガスは0.9%。温室効果ガスの排出量は0.1%にすぎない。大統領は、「議長国に選ばれて、組織的な誹謗中傷キャンペーンの標的となった」と語った(11月12日、共同など)。

トランプ氏はバイデン政権の気候変動政策批判

だが、前回のCOP28ではCO2の排出量の多い石炭の火力発電をやめる方向で合意しており、COP29でもいつまでに、CO2排出量の少ない対策を講じた石炭火力発電所を認めるかで各国の合意取り付けは難航していただけに、この発言に各国の環境NGOなどは反発した。

そして、追い打ちをかけたのが米国大統領選の結末だった。11月の大統領選では、地球温暖化に懐疑的で、バイデン大統領の気候変動対策を批判するトランプ氏が、ハリス氏に圧勝した。高齢を批判されたバイデン大統領が、ハリス副大統領にバトンを手渡し、当初はハリス氏が世論調査でリードしていたが、フタを開けたら逆の結果だった。

バイデン政権で続くインフレに対して国民の不満が高いことに加え、エリートや金持ちの指示する民主党への反感が有権者に強かったと言われている。トランプ氏は、バイデン政権が打ち出した気候変動対策の要であるインフレ削減法(IRA)を目の敵にしており、見直されることになりそうだ。

COP29は米国、中国、日本、フランスなどの主要国の大統領や首相が欠席し、低調な会議となった。世界第2位の排出量の米国の次期大統領が、パリ協定から脱退することを選挙公約にしていることが、各国に不安を与えることになった。それを裏付けるように途上国の支援額は決まったものの、各国が表明した削減計画をチェックするための指標も決められずに終わった。

会議に参加した環境NGOたちはアゼルバイジャン、米国、日本などに「化石賞」を出して溜飲を下げたが、1.5度を守るためにはこれまで以上の大幅な温室効果ガスの排出削減が必要だ。だが、今回2030年までに8割の排出削減の上乗せした目標を発表した英国のような例もあるが、多くの国はすでに公表した目標値の達成が危ぶまれ、目標値を上乗せしても実行可能なのか疑問もある。

さらに危険を伴う原発は温室効果ガスを出さないクリーン発電だとして多くの国が増設を進めるなど、再生可能エネルギー一辺倒の施策に疑問符が突きつけられている。途上国支援は必要だがどのような形で進めることが実効性を伴うのかといった数多くの課題を抱えたままである。

世界の動きは混迷を増している。その象徴の1つがトランプ大統領就任後のパリ協定からの離脱である。

米国の削減計画、達成目標の半分程度にとどまる

トランプ大統領就任後の米国はどうなるのか。バイデン政権はこの8月、2年前に制定されたインフレ削減法の成果をまとめている。政権発足以降、33万人以上の雇用、クリーンエネルギー関連の2,650億ドル(約40兆円)を含む9,000億ドル(約137兆円)の製造業への投資をつくりだしたとしている。

IRAの歳出(税の控除による減税)は、総額で5,000億ドル(約76兆円)。うち8割が「気候変動対策」といわれる。

2030年に半減の目標達成は難しい

米国エネルギー省(DOE)のホームページによると、1995年から2050年に温室効果ガスの排出量の実績の推移とゼロカーボンへの計画の見通しがグラフに示されている。2020年の排出量は2005年比で17%減っており、2025年には同26~287%減、2030年には50~52%の削減目標となっている。

グラフは米国エネルギー省 Hydrogen Programから

こんな説明がある。

「気候危機に取り組むために設定した野心的な目標を達成するための戦略的、大胆かつ具体的な行動をとるべき時だ。目標には2035年までに100%ノンカーボンによる電力、2050年までに温室効果ガスの排出量ゼロがある。国家気候戦略は、2030年の目標達成のための長期的アプローチと道筋を示している」

「目標は、図に示すように、2005年の排出量と比較して50~52%の削減という野心的な目標である。この野心的な目標を達成するには、全員が参加する行動の呼びかけと、規模の拡大を加速するための技術と戦略が必要である」

「2050年までに経済全体で排出量ゼロを達成するには、エネルギーインフラや経済の他の多くの分野で革新的な進歩が必要だ。クリーン水素は、その汎用性と米国で最もエネルギーを消費、排出する3分野(産業、輸送、発電)でクリーンテクノロジーを補完し、目標達成の重要な推進力となる」

計画に比べて2030年の削減目標は未達成になりそうだ。もちろん日本政府も2030年に温室効果ガスを2013年度比で46%削減する目標を掲げており、これも達成は不可能に近い。

トランプ大統領の元で、息を吹き返すか化石燃料

しかし、トランプ氏が大統領になると、この計画すら見直される可能性がある。達成するためのインフレ削減法を、トランプ氏は予算の無駄遣いだとやり玉にあげているからだ。

トランプ氏は、ガソリンの高騰などインフレに苦しむ国民に向け訴えたのが、「ドリル、ベイビー、ドリル(掘って、掘って、掘りまくれ)」だった。

採掘が難しかったシェールガス開発だが、フラッキング(水圧破砕)と呼ばれる採掘方法の技術革新が進み、シェール層から天然ガスや原油を採掘することが可能となり、採算が合うようになってきた。今では米国は世界最大の石油・天然ガスの生産国である。

バイデン政権はこれらの化石燃料を削減しようとしているが、トランプ氏は規制策をやめて再び推進に転じようとしている。トランプ政権はエネルギー開発を進めるために環境規制の大幅緩和に踏み込みそうだ。

環境対策担うEPA長官に化石燃料指示の議員を起用

その前兆として、トランプ氏は、環境・エネルギー対策を担う長官に環境規制に懐疑的な人物を指名している。11月11日、ロイター(通信社)は、トランプ次期大統領が、環境保護庁(EPA)長官にリー・ゼルディン元下院議員(共和党)を指名すると発表したことを伝えた。正式には上院の賛成過半数で決まる。

ゼルディン氏は、石油会社の価格つり上げを取り締まる措置を含めた環境保護関連法案の多くに反対票を投じ、2022年のニューヨーク州知事選の共和党候補として出馬した(落選)。

2035年までにガソリンだけで駆動する自動車の販売を禁止した西部カリフォルニア州の規制案に反対し、原油や天然ガスのフラッキング(水圧破砕法)を撤回し、雇用を創出すると訴えた。インフレ抑制法にも反対票を投じたという。

車の燃費規制も覆るか

「トランプ氏は就任後、発電所からの二酸化炭素(CO2)排出を抑制するための規制や、自動車からのCO2排出を削減するための規制を含めてEPAが所管している多くの規制を覆すとみられている。大統領就任初日にEPAと運輸省の自動車の環境汚染規制を撤廃すると明言している」と伝えている。

燃費規制が緩まると、ガソリンや軽油の使用量が増え、CO2排出量も増える。世界的に電気自動車(EV)の販売の勢いが、各国で鈍化しているが、規制緩和はEV化の流れをさらに弱めるかもしれない。

環境・エネルギー対策の長官はいずれも化石燃料容認派

さらに11月16日、トランプ氏は、エネルギー長官に油田サービス会社リバティー・エナジーの創業者兼最高経営責任者(CEO)のクリス・ライト氏を起用すると発表したと、ロイターが伝えた。

ライト氏は化石燃料の推進派で、気候変動活動家が恐怖をあおっていると批判し、民主党による気候変動対策の取り組みは旧ソ連の共産主義のようだとしてきた。ビジネスSNS「リンクトイン」のプロフィールに投稿した動画で「気候危機など存在しないし、エネルギー転換の最中でもない」と述べたと伝えている。

官僚の抵抗も予想されるが、新たに設置される政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン・マスク氏が官僚機構に大なたを振るうと見られており、急激な政策の転換が起きるのか、しばらくは目を離せない。

トランプ政権の時に離脱した過去も

実はトランプ政権は以前パリ協定を離脱していた。トランプ氏は2017年に大統領に就任した際もパリ協定から離脱、化石燃料であるシェールガス開発を進めた。パリ協定は、2015年、パリで開かれた第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された。

パリ協定は、気候変動問題の多国間の国際的な協定で、2020年以降の地球温暖化対策を定めている。世界の気温上昇を、産業革命以前から1.5度以内にする目標を掲げ、その達成のために、温室効果ガスの排出量を削減し、各国が削減目標と2050年までの戦略の提出、気候変動の悪影響への適応計画を作り、各国がつくった削減計画は5年ごとに見直し、評価する。開発途上国に対して資金援助・能力開発援助を行う、市場メカニズムを活用するなどとした。

パリ協定は重要な排出削減の枠組みを示していた

1997年の京都議定書に続く、この2度目の国際的枠組みは、条約加盟の196カ国すべてが参加し、2016年11月に発効、日本を含む55カ国が批准した。現在は159カ国まで増えている。

京都議定書が先進国に定められた排出削減を義務づけし、ペナルティーまで課したのと比べ、パリ協定は排出削減量を約束(プレッジ)、己評価(レビュー)すればよいなど、規制は緩い。しかし、最大の排出国の中国が参加するなど取り組む国が格段に増えたことが大きい。2023年に開かれたCOP28で、世界の排出量を35年までに19年比で60%削減させる目標が決まった。

パリ協定に世界は拍手したが

パリ協定を導いたフランスのファビウス外相は「野心的でバランスのとれた計画は地球温暖化を低減させる目標で、歴史的転換点だ」と誇り、多くの国々が協定を歓迎した。

ところが、2016年の大統領選で、オバマ政権を引き継ごうとしたヒラリー・クリントン氏に、アメリカ第一主義を掲げ勝利した共和党のトランプ氏は、2017年6月に協定からの離脱する意向を示し、2020年正式に離脱した。

京都議定書に続くパリ協定

ここでパリ協定について簡単に振り返ってみよう。パリ協定は温室効果ガス排出削減に関し、2020年以降の国際的な枠組みとして設けられたものである。きっかけは1992年に採択された「国連気候変動枠組条約」だ。条約の内容は世界中で地球温暖化対策への取り組みを行うことへの合意だった。

当時トランプ政権は、パリ協定を守るために行う気候変動対策は、国民に大きな負担を強い、雇用の喪失や工場閉鎖を招くと批判してきた。今回もパリ協定離脱という手段で、バイデン政権が進めてきた気候変動対策を見直し国の負担を減らすことで、国民の雇用や生活が守れるという考えのようだ。

利害が複雑に絡む中で苦労して合意したパリ協定を、米国の国民はどう判断するのか、注視したい。

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