PFAS汚染、汚染者負担の原則を 小泉昭夫京都大学名誉教授に聞く

PFAS汚染、汚染者負担の原則を 小泉昭夫京都大学名誉教授に聞く

飲み水を汚染し、健康への影響が心配される有機フッ素化合物(PFAS)。半導体からフライパンや紙のコーティングまで幅広く使われ、主要なPFOAとPFOSの二物質は製造と使用が禁止されていますが、汚染された河川や地下水が水道水に使われ、水質基準を超えた自治体は対応に追われるなど、ホットな話題となっています。このPFASに着目して研究を続けるとともに、国や自治体に先駆け、全国の河川調査を行って警鐘を鳴らした小泉昭夫京都大学名誉教授に、PFAS汚染の研究成果と行政の課題についてうかがいました。

米国での研究調査がきっかけに

――永遠の化学物資と呼ばれるPFASが大きな話題になっています。政府は1リットル中50ナノグラム(1ナノは10億分の1)に飲み水の水質基準を決めようとしています。この基準を超えた水道事業者は、活性炭でPFASを除去するために新たに処理装置を設置するなど大わらわです。PFOA(ピーフォア、ペルフルオロオクタン酸)は人への発がん性があり、人々の関心も非常に高い。環境省の役人も「こんなに大問題になるとは予想もしていなかった」と言っています。小泉さんがこのPFASに着目したのには先見の明があると思います。研究を始めたのはいつごろでしたか?

東北大学医学部を卒業して博士課程を終えて米国のミシガン州立大学の研究生として渡米した1983年のことです。ちょうど大学とダウケミカルが共同研究をしていました。そこでその研究チームに参加することになりました。PCB、ダイオキシンといったハロゲン化合物の分析を行っており、そこで分析の訓練を受けました。ハロゲン化合物にはどんなものがあるか大半がわかっており、その1つがフッ素化合物でした。

小泉昭夫教授
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止

――1980年ごろからPFASを製造していたデュポン社や3M社で健康被害の懸念が出て、従業員の健康調査や、ラットを使った動物試験が行われていたと言います。小泉さんは4年後に帰国し、秋田大学の医学部の衛生学教室の助教授になります。

あるとき、科学誌サイエンスのPFASの論文が目にとまりました。中国の人の血中濃度が高いというデータがありました。西側諸国と交流のない中国人なのに、フッ素化合物だけなぜ高いのかと。自然由来ではないかと思い、調べてみましたが、自然由来でないことがわかりました。実はその頃からPFASを開発、製造していた3M社が労働者の血中濃度を測った論文が出始めていました。血中濃度が高いというのは体内に居続けるということです。PFASは代謝されにくい物質なら研究対象として追いかけやすいということになります。

京都大学で河川調査にかかった

――2000年に公衆衛生専門大学院ができた京都大学医学部に移るころですね。

そうです。新たな環境汚染と健康影響をテーマに研究したいと思ったのです。全国の河川を調べてみようと。声を掛けたのが岩手県衛生研究所(現・岩手県環保研センター)。私が秋田大学にいた頃、衛生研究所の齋藤憲光さんが研究生として秋田大学にきており、研究所と親しい関係 でした。それに加え、厚生省から岩手県に出向した環境保健部長が、『調査を充実しないといけない』と言って、研究所に最新の質量分析計を備えさせていました。

そこで京都大学のチームと研究所に戻っていた齊藤さんら衛生研究所との共同研究を始めました。私たち京大チームは、河川水の採水を担当し、それを研究所に送り、研究所が分析します。京大の学院生だった原田先生(現・準教授)もチームの一員でよく働いてくれました。

――でもどうやって数多くの河川の水を集めることができたのですか。

2002年3月に全国97川と16の湾岸で表層水を集めました。キャラバンをつくり、関西の川を採水し、東京の多摩川は京大の卒業生に頼んで採取してもらいました。多摩川の下流でPFOSが31ナノグラム、淀川下流でPFOAが41ナノグラム検出されました。

齊藤さんのつてでも集めてもらいました。2003年5月に6万7,000ナノグラムもの高濃度を検出したのは大阪府の摂津市を流れる安威川の下水処理場の排水です。ここに目をつけたのは、同市のダイキン工業の淀川工場が排出源ではないかと想定したからです。多摩川も米軍・横田基地があります。やはり安威川や多摩川から高い数値がでたのです。

住宅街にダイキン工業淀川工場は隣接していた(大阪府摂津市)
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止

――この調査結果が2004年の日本衛生学会で発表されます。反応はどうでしたか?

メディアの中ではサンケイ新聞が取り上げてくれただけで、他は無視されました。国からの反応もありませんでした。ただ、大阪府では府議会で共産党の議員がこの問題を取り上げましたが、議会は無視でした。当時は太田房江知事でしたが、のちにダイキン工業と府、摂津市の3者会議が設置され、意見交換することになりました。その結果、同社は、排出源であることを一定程度認め、対策に乗り出すことになりました。また、国や自治体の研究所が河川の調査を始めるなど、少しずつ動きがでてきました。

体内への蓄積のメカニズム解明へ

――小泉さんの調査と研究は続きました。

体内に取り込んだPFASが半分になる半減期の長さに注目していました。そこで自分自身が被験者になってPFASを体内に取り込み調べると、3年から5年かかり、95%の排出に40年かかることがわかったのです。

PFASは、肝臓、腎臓などに蓄積され、肝障害や腎臓がんの原因となります。肝臓から分泌される胆汁(たんじゅう)は、栄養分を肝臓から腸管に運び、腸管が吸収します。胆汁は腸管で再吸収されて肝臓に戻ります。胆汁の「腸肝循環」と呼びますが、胆汁にPFASが溶けているため、胆汁と一緒に体内を循環します。これを証明し、かなり評価されたと思います。

――大きく動いたのが沖縄県でした。

宜野湾市には、普天間基地がありました。調査をやってほしいと言われ、住民の血液を調べました。これは原田先生が中心になってやったのですが、高い数値がでました。県も河川や地下水を調べます。これがまた、米軍・横田基地のある多摩地域に波及し、住民の要望で血液検査することにつながっていきます。

水道水質基準設定はこんな流れで

――飲み水の水質基準として環境省は1リットル当たり50ナノグラムと決め、2026年春の施行を予定しています。水道事業者は50ナノグラム以下の水道水を供給する事が義務づけられます。これまで検査費用がもったいないといって検査を怠っていた事業者も検査が義務づけされます。その50ナノグラムにした根拠となったのが、内閣府の食品安全委員会が出したTDI(1日耐容摂取量)を体重1キログラム当たり20ナノグラムです。1日耐容摂取量とはこれぐらいの摂取量なら生涯通して接種しても悪影響を与えない数値のことです。

日本人は体重50キロとして1日に1,000ナノグラム。体内に取り込んでいるPFASのうち飲料水に含まれている量が全体の1割とすると100ナノグラム。飲料水の量は2リットルなので1リットル当たりにすると2で割り、50ナノグラムとしています。

この数字を導くために委員会は、米国EPA(環境保護庁)のドキュメンテーションといわれる5,200の論文を基にしています。そこから、

  • 動物実験でない人の研究であること
  • 量反応関係があること
  • アウトカムが明確であること
  • 暴露経路がわかっていること

の4条件を満たす論文を絞ると160本になります。日本の食品安全委員会はもう少し増やして320本になります。次に要約を委員らに読んでもらい、スクリーニングにかけます。こうして絞った論文を委員たちが読み込み評価します。

食品安全委員会は有力な論文を見落とした

――公平になされているはずが、市民団体の調査で209本の論文が差し替えられ、その理由も示されなかったことから、事前に水質の暫定目標と値に定めていた50ナノグラムに合わせるために、恣意的にTDIを20ナノグラムの数値を導いたのではないか、と疑念が生まれています。

今回の選定の経過を見ると、委員会の意地の悪さを感じます。

――意地が悪いとは?

例えば北海道大学の岸玲子教授らが出した北海道スタディと呼ばれる論文です。エコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)の一環の論文です。エコチル調査は環境省が胎児期から小児期にかけての化学物質の暴露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、2010年度から全国で10万組の親子を対象にした環境省の調査です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯などを採取・分析し、追跡調査して、子どもと化学物質の環境要因を明らかにしようというものです。論文は、母親の血中濃度が出生時体重に影響があると示し、胎児期の暴露と出生時の体重低下との関連は否定できないといいます。しかし、大きい集団と小さい集団で、相関関係を示す有意差がありとなしに違っていたことからリスク評価に利用する論文には選ばれませんでした。委員らは『なぜ結果が変わるのか』『一貫性がない』とついてくるわけです。

――慎重というか、厳しいんですね。

納得しがたいのは、もう1つのエコチル論文です。2024年9月に信州大学の野見山哲生教授らのグループの母親のPFAS暴露と子どもの染色体異常」に関する論文が学術誌に掲載されました。母親の血中濃度が高いと、子どもの染色体異常の発生が多い傾向が見られ、関連の可能性が示唆されました。約25,000のデータを調べた結果、最も影響の大きいPFASは、PFOS、PFNA、PFUnA、PFOAの順で染色体異常に関連していたわけです。

論文を読むと、研究グループは非常に慎重で抑えた書き方をしており、国際的に見ても第一級の論文だと思います。ところが食品安全委員会はこれを評価の対象にしていません。委員会の評価書がでたのは論文が掲載される直前の7月なので、この論文を評価対象にしなかったのも仕方が無いという見方もありますが、私はそうは思いません。

実は、論文の投稿前の2023年7月、研究グループは環境省の内部監査を受けています。米国EPAは、価値のある論文なら評価の途中で追加して評価することを認めており、環境省の担当者が委員に見せ、「これは必要な論文だ」と判断されれば、リストアップされた論文に加えられ対象となります。ところが、そうした動きは一切無く、環境省が論文を無視しました。

米国の柔軟な考え方が日本には欠けている

――もし、その論文が信頼できると評価されると、TDIの数値が変わったのでしょうか。

私が論文に従い試算したところ、TDIは0.1ナノグラムになりました。水道の水質基準は50ナノグラムから0.25ナノグラムになり、水道事業者に守れといっても厳しい。私はPFASの摂取量の1割を飲み水としているのもおかしいと思います。 海産物の濃度が高いといっても食べる量はわずかで、大半が飲料水による暴露です。そこで摂取量の半分を飲料水と考えると、0.1ナノグラム×体重50キロ÷2で2.5ナノグラム。それは2リットルに含まれる量なので1リットル当たりに直すと1.25ナノグラムになります。

――厳しすぎませんか。水道事業者が守るのは大変です。

多くの浄水場でPFASを吸着し、除去する活性炭対策が必要になるでしょう。もちろん、財源が必要ですから、水道事業を担う自治体や補助金を出す国土交通省・環境省は嫌がるでしょう。しかし、リスク評価に、『厳しい値にしたらお金がかかる』などと忖度してはいけないのです。いまの50ナノグラムは委員らが忖度しつくられた基準だと思います。

汚染者負担の原則が大事だ

――米国では2019年に水質基準として70ナノグラム(日本と同じPFOAとPFOSの合計値)が決まりましたが、2024年に8ナノグラムに規制強化しました。しかし、すぐには達成できませんから、5年間の猶予期間を設け、国が自治体に必要な対策のための事業費の3分の1を補助するとしています(トランプ政権は5月、規制強化の実施を2年延ばすことを決めた)。こうした柔軟な考え方が日本政府に欠けています。

米国はTDIを0.1~0.3ナノグラムとし、血中濃度から人体への影響を評価し、1物質4ナノグラムを導いています。4ナノグラムは検出下限値であり、実際には検出されてはいけないという意味があります。それに米国にはスーパーファンド法があり、汚染者に費用を負担させる仕組みがあります。日本の場合はPFAS汚染を招いた事業者に求償する汚染者負担の仕組みがありません。対策を全部税金や水道の利用者に負担させるというのは問題です。汚染が起きたら汚染源を特定し、汚染者に対策費用を負担させることが必要だと思います。

――水質や大気、土壌の環境基準がないため、自治体は汚染源とわかっていても工場への立入調査もできず困っています。国は腫れ物にさわるような姿勢で、それが逆に住民の不信感を招いているようです。

行政や事業者の責任とともに、学問の社会的責任もあります。なぜ、国はせっかくのエコチル調査を無視したのか。過去の水俣病などの経験から被害が起きる前に予防的に対策を講じる予防原則の社会を実現していくことが重要です。エコチル調査のいい論文がまとまったのなら、それをリスク評価する委員会に提出し、正当に評価する。こうしたことをして初めて社会的責任を果たすことになるのではないでしょうか。

――小泉先生は「人体試料バンク」の創設者でもあります。

環境汚染物質のリスク評価のために、人体試料バンクが必要だと考えました。東北大学医学部時代からの恩師である池田正之東北大名誉教授と取り組みました。1970年代後半から全国から集めた食事と血液サンプルを池田先生から寄贈され、さらに秋田大学時代に集めた1980年代の血液と母乳、それに2003年から全国9大学と4病院の協力を得て集めた血液、母乳、食事サンプルの計3万5,738検体をバンク化しました。試料は、京都大学のサンプルルームに保管され、環境科学の研究者にサンプルを提供しています。

PFOAとPFOSの血中濃度の推移。過去に詐取された血液の濃度をみると、PFOAは1975年を起点に濃度が徐々に上がり、PFOSは1980年代にかなりの濃度になっており、導入は1970年代以前と考えられる
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止

これを用いて、有機フッ素化合物の曝露と毒性の評価を行ない、京阪神の住民のPFOA濃度は過去20年で急激に増加し、世界最高レベルであることがわかりました。PFASのような難分解性の汚染物質の地理的・経年的変化を観察することが可能となり、汚染の進行している化学物質に対して、迅速に予防原則を発動したり、環境行政施策の事後評価を行ったりするのに役立つと思います。

小泉昭夫(こいずみ・あきお)
京都大学医学研究科名誉教授。京都保健会・社会健康医学福祉研究所長。東北大学医学部卒業後、カリフォルニア大学、秋田大学医学部教授をへて、2000年京大医学研究科教授、2018年退職し現職。生体試料バンクの設立で2006年度環境賞優秀賞、08年度日本衛生学会賞。糖尿病・もやもや病の遺伝子を発見し、2017年度日本医師会医学賞。一般向けの著書として『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(岩波書店)など。

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