富山市と宇都宮市のLRTに乗ってみた(上)
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
モダンな形の電車が街中の商店や住宅をすり抜けるように走る。欧米の都市ではかなり前から定着し、住民に親しまれているLRT(次世代型路面電車、Light Rail Transit)。低床式で、お年寄りや障害者に優しい。車優先の社会を変えようと、登場した。
日本でも、数はごく少ないが導入され、まちづくりの騎手としてもてはやされ、幾つもの市が導入を検討している。日本で先陣を切った富山市と、栃木県宇都宮市を訪ねた。2回に分けてお伝えしたい。1回目は富山市である。
ジャーナリスト 杉本裕明
富山駅の路面電車の発着場は利用者で賑わっていた
富山駅からLRTに乗る。富山駅は、新幹線北陸本線が乗り入れ、金沢、敦賀に向かう途中にある。新幹線は高架上を通り、その下に路面電車が集まる。ここを起点に、幾つかの路線が延びている。
私は、海に向かう岩瀬浜行きの電車に乗った。富山港線と呼ばれ、延長7.7キロ。LRVは2両連結で、それぞれ20席ある。昔は、JR西が運行していたが、赤字で手放し、現在は、富山地方鉄道株式会社が、新型のLRV(路面電車)を走らせている。
プラットフォームは、北に向かう岩瀬浜行き、南に向かう南富山駅行き、西に向かう富山大学行き、そして中心市街を回る環状線の4つの乗り場がある。ひっきりなしに、路面電車が出入りする。
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
すべてが新型の車体ではなく、50年近く前から走り続けている「レトロ」路面電車の車体もある。岩瀬浜行きの路線が、LRTとして整備、初登場した2006年に、筆者はここを訪れて乗ったことがあった。当時は、駅の南北をつらぬき、南側を走っていた路面電車と結合されていなかった。それでも、全国初のLRTは注目を浴び、カメラを持って試乗する人も多かった。
それから20年。乗客は減ることなく、昼間でもかなりの乗客がいる。富山駅からしばらく道路を走り、車と併走。やがて、JR西時代からの軌道に入る。両サイドの窓に、びっしりはりついた住宅が見える。やがてスペースができ、工場や倉庫に。市民生活に溶け込んでいると感じた。
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
富山駅の南を走る市内線と直結している。
海岸目指し、北上する
岩瀬浜までの7.7キロを20分かけて走り、15停留所ある。連町停留所と岩瀬浜停留所にはフィーダーバスが結節する。
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
日本で初めてLRTを導入した富山市は、人口41.4万人。日本海側の都市で、隣の石川県金沢市が観光で有名なら、富山市は経済のまちとして知られる。もともと富山市では、駅の南側の中心市街地に富山地方鉄道の路面電車が走っている。「これとつなぐことができれば、もっと便利になる」。市は、ライトレールを走らせると、次に駅南側の道路に940メートルの線路を敷き、路面電車が駅前の中心街を循環できるようにした。富山港線開通の3年後の2019年のことだ。
この部分のインフラは富山市が担い、LRTとして日本で初めての「上下分離方式」(下の施設・設備は市などが保有し、上の運行は、会社などが請け負う方式)が採用された。そして、2020年には、富山駅の南北を250メートル延長してつなぎプラットフォームを整備し、利便性を大幅に向上させた。
明確な目的があった環状線化
筆者は、環状線で一回りしたあと、南富山駅に向かった。終点の南富山駅は、富山地方鉄道の不二越・上滝線につながる。一日券650円を払うと、路面電車と、不二越線の南富山駅―電鉄富山駅までが乗り放題となる。
さらに、富山大学前に行く路線に乗ったが、こちらはかなり混んでいる。市役所、県庁もこの線路のそばにあり、中心市街地に立地している。
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止
市活力都市創造部の野村知範参事(交通政策担当)は、「南北接続は、新たに設置した北側のLRTと、元々南側に展開していた路面電車とつなぐのは、最初から計画としてありました。路面電車は富山地方鉄道が運行していましたが、これらが完成した時点で、富山港線を運営していた第3セクターの富山ライトレールを、富山地方鉄道が吸収合併し、いまはすべての線の運行を同社が行っています」と語る。
LRTの歴史
LRTは、路面電車の近代化を目指して開発された低床式のLRV(vはVehicle)を用い、走行空間を新しく整備した都市公共交通システムのことをいう。国土交通省は、その整備効果として、
- 交通環境負荷の軽減(環境負荷の小さい交通体系の実現に有効な交通手段)
- 交通転換による交通円滑化(都市内の自動車交通がLRTに転換されることにより、道路交通が円滑化)
- 移動のバリアフリー化(低床式車両や電停のバリアフリー化により、乗降時の段差が解消されるなど誰もが利用しやすい)
- 公共交通ネットワークの充実(鉄道への乗り入れや他の公共交通機関(鉄道、地下鉄、バス等)との乗換え利便性の向上、パークアンドライド駐車・駐輪場の整備で、都市内交通の利便性が向上)
- 魅力ある都市と地域の再生(LRT導入を契機とした道路空間の再構築や、トランジットモールの導入などにより、中心市街地の活性化や、都市と地域の魅力の向上)をあげている。
富山市は⑤が導入の主目的といえる。
マイカー依存の富山市が、JR富山港線の廃線危機で立ち上がる
富山市は、もともと車への依存度が高い。1999年の市の調査で、7割以上の住民がマイカーに依存し、1世帯あたりの自家用車の保有台数は1.7台と全国2位。公共交通の利用者は減り続け、スプロール化が進行し、あおりを食って中心市街地は衰退傾向にあった。
その頃、JR西の富山港線が赤字続きから廃線の危機にあった。JR西が新たに路面電車化を提案し、受け入れられなかったことが、森雅志市長のLRT導入を決断する導火線となった。
森市長の熱意
富山県議から、2002年1月の市長選で当選した森雅志氏(2002~2021年まで5期、2026年現在は藤井裕久氏で2期目)は、「30年後には富山市は生き残れない」と危機感を露わにした。中央大学を卒業し、地元で司法書士をしていた。環境問題に関心が高く、環境都市として知られるドイツのフライブルグ市を評価していた。
当時は環境問題に熱心な日本人のフライブルグ詣でが盛んで、その目玉の1つがLRTだった。老人や障害者に優しい低床式で、車内の移動が不要なフリー乗降制(どのドアからも自由に乗降できる)、バスよりはるかに多くの客を運べ、定時制に優れ、排ガスを出さない。運賃はゾーン性で低額に設定され、赤字分は市が負担している。
他都市と同様、フライブルグ市は公共交通の赤字を市が負担している。しかし、費用は、再生可能エネルギー、水道、下水道などの公共部門を担うシュタットベルケという公社が、電気の収益をあてて支えている。こうした仕組みは、今後の日本の課題であろう。
フランス、ドイツ、オーストラリアなど欧州の多くの都市内を走るが、路面電車は、1960年代から増え続ける車に押し出されて衰退、廃止の運命をたどったのは、日本の路面電車の歴史と同じだ。
しかし、モータリゼーションによる都市の衰退は、大きな転機を迎えた。80年代、フランスのストラスブールでは、LRT導入を訴えた市長が選挙で当選し、導入した。人と環境に優しいLRTが市民に歓迎され、各国の都市に波及していった。路面電車の走る都市は、LRVを走らせ、路線のない都市は新たに施設した。
90年前後から大きな問題となった地球温暖化の危機と相まって、CO2排出量の少ないLRTは「環境」に優しい乗り物だ。さらに「人が歩き、集い、賑わうまちづくり」を担う道具として、まちのシンボルとなった。
それが、欧米同様に、道路を走る自動車にはじかれ、路面電車の撤退が続く日本でも注目されるようになった。熊本市、広島市、高知市、岡山市などの都市で、旧式の路面電車が走っていたが、国も存続させる政策がなく、民間事業者の責任にしていた。
しかし、欧米の都市事情が紹介され、導入の声が市民から出始めた。2000年代に入って、国土交通省が中心となって法整備を進め、富山市の時は3分の1から4分の1に留まっていた補助金が2分の1に格上げされた。この制度を一番乗りで利用したのが、宇都宮市だったが、国の支援制度をつくる牽引車となったのが、富山市だった。
森市長が議会に提案
森市長は、市長に就任した翌年、「富山港線は、県とJRの協力を得ながら富山市が責任をもって取り組む」とし、富山港線の存続手法として路面電車にし、在来線と新幹線富山駅の高架整備の後、南北の路面電車を高架下で富山軌道線と接続する案を表明した。
市役所のほぼ全部局の中堅職員からなる「コンパクトなまちづくり研究会」を設置し、あるべき姿とそのための施策を練らせた。庁内で合意形成をはかると、市議たちを説得し、2003年3月、市議会定例会で、「公共交通を軸とした拠点集中型 のコンパクトなまちづくり」に取り組む決意を表明した。
2005年3月、コンパクトなまちづくり研究会の報告書をもとに、「総合的都市交通体系マスタープラン」を策定、「富山ライトレール のモデル化と公共交通の基盤づくりを通した市民合意形成による公共交通志向型のまちづくり」をうたった。
森市長が市民に示したのは、「お団子と串」の名前をつけた上記の図だ。人口減と少子高齢化が進む市がどういうまちづくりをするのか。LRTを串とし、沿線にお団子を作り、集約化を進める。これが市民に受け入れられる大きな要素となった。
JR西から事業を引き継ぎ、運営を担う公設民営の第三セクター「富山ライトレール株式会社」が設立された(市は株を51%保有)。総事業費53億円のうち、市は13億円を負担した。
国の政策の先鞭つけ、影響与える
翌2007年、「地方公共交通の活性化及び再生に関する法律」(以下、地方公共交通活性化再生法)が制定、施行された。地域の公共交通を「公共財」とみなし、自治体が「地域公共交通総合連携計画」を策定、国が認可すると、その中のメニュー、例えばLRT事業を支援する仕組みだ。
「地域の公共交通は民間業者の責任で行え」だった国の姿勢が、変わった。2013年に「交通政策基本法」、2012年には「都市の低炭素化促進法」が制定され、LRTの追い風となった。
老人が外にでるようになり、通学者も増えた
富山市のLRT導入後、交通経済学者の宇都宮清人関西大学教授が沿線で行った調査によると、市民の2割が「交通手段が変化した」と回答し、その半分は自家用車からの転換だった。70歳以上の2割強が「気分転換に外出する機会が増えた」と回答した。教授は「公共交通の改善で利用者が増加したことが、街中に人を呼び戻すきっかけになっている」と評価する(「持続可能な交通まちづくり」筑摩書房)。
コンパクトシティ化が着実に進む
2008年に策定した富山市都市マスタープランでは「まちなか居住推進地区(富山市中心市街地に同じ、面積約436ha)」と、郊外を含めた鉄軌道駅・主要バス停周辺を対象とした「富山市公共交通沿線居住推進地区」(面積約3,440ha)を設定し、住宅を新築した場合に購入資金援助として、「まちなか居住推進地区」なら50万円、「公共交通沿線居住推進地区」なら30万円の補助金を支給している。2026年度からは新築への補助をやめ、かわりに中古住宅購入に100万円支給する。LRTを誘因材料にした住宅政策だ。
こうした施策で、「まちなか居住推進地区」は、2008年度から転入者が転出者を上回る「社会増」となり、富山市の人口全体に占める2地区内の割合は、2005年の約28%から2022年に約39.9%になった。市の事業概要(2024)にメリットがグラフにまとめられている。
これを見ると、市の人口は減少しているが、沿線では増加している。LRTの利用者数はJRの鉄道から2006年の開業で増え、それが維持されている。しかも、朝夕の通勤時だけでなく、昼間もまんべんに利用され、特定の利用者に偏っていないことがわかる。
元気になった老人たち
定期券を利用している65歳以上の人たちの歩数と医療費の推移を見たものが下の富山市のグラフだ。
定期券を使う人と、全体の傾向は明らかに違うことがわかる。すべてがLRTの効果ではないだろうが、路面電車を使うことで活動量が増え、健康増進と医療費削減につながっているように見える。
2016年度からスタートしたこの定期券は、65歳以上の市民に自宅のもより停留場からから中心市街地の停留場まで100円で利用できる(往復だと200円)。1年有効で1万円。現在2万人(65歳人口の2割)が利用している。
参考:国土交通省 富山市の地域公共交通について
参考:富山市 Outline of Toyama City Urban Improvement Project










