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湿地を守る・日本最大の釧路湿原を訪ねた(下)湿地の保全と復元を、知恵巡らし実行

湿地を守る・日本最大の釧路湿原を訪ねた(下)湿地の保全と復元を、知恵巡らし実行
細岡展望台。湿原の向こうに雌阿寒岳と雄阿寒岳が望める(北海道釧路町)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

前回に引き続き、釧路湿原を紹介します。今回は、地元でどんなことをして、釧路湿原の消滅を防ぎ、自然を再生しようとしているのかを紹介しましょう。

ジャーナリスト 杉本裕明



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釧路湿原自然再生全体構想とは

釧路湿原自然再生全体構想の基本方針は、流域全体を対象に考える、できるだけ自然の復元力にゆだねるなど10の原則を定め、丘陵地の森林の保全・再生、水循環・物質循環の再生、土砂流入の抑制などからなり、これをもとに取り組みが現在も続けられている。「名前を変えた公共事業と見られないよう、自然再生の定義をはっきりさせた。残された良好な自然を守る保全も自然再生に定義づけた」と保護事務所の幹部は語った。

「この地域に本来生息している生き物たちが絶滅することなく生きていける環境、そして私たちの暮らしに豊かな恵みをもたらす水と緑の大地を取り戻す」ことを目指す姿とし、それぞれの事業が行われている。

自然再生を行う区域について、協議会では、開発を担当する北海道開発局は「国立公園内でやりたい」との意向が示されたが、他の委員が「国立公園内は手をつけてはいけないところ。荒廃した公園の周辺部でこそすべきだ」とクギを刺し、対象地域を国立公園の2万8,788ヘクタールの約10倍の25万ヘクタールとした。

自然再生の公共事業は、環境省と北海道開発局が担う

自然再生の公共事業は、主に環境省と北海道開発局が行う。環境省は釧路市が購入した牧草地の跡地(80ヘクタール)と、ハンノキ林(110ヘクタール)からなる広里地区(260ヘクタール)を湿地保全・再生のパイロット事業に選び、事業を展開している。

地下水を調べ、水位が下がり乾燥化を招いているのがわかると、一部を掘り下げ、地表面を水位に近づけ、水質や植生への影響を調べた。詳細調査を行い、5年ごとの計画を策定して実施、途中で評価し、見直すという「後戻り可能な公共事業」をしている。

達古武沼周辺では、環境省とNPO法人トラストサルン釧路の両者が所有する100ヘクタールの森林で再生を目指し、取り組みを進めた。トラストサルン釧路の発足は1989年。当時は、リゾート開発のブームで、二束三文の山林や荒れ地を消費者に売りつける「原野商法」がはびこり、伐採したあと、禿(は)げ山として放置される山林が相次いだ。ゴルフ場計画も20近くあり、編集の仕事に携わっていた杉沢拓男さん(現理事)が、「少しでも山林を買って保全できないか」と、仲間4人とナショナルトラスト運動を始めたのがきっかけだ。

達古武に1ヘクタールの山林を借り、カラマツの人工林に広葉樹のミズナラやダケカンバの苗を植えた。その運動が広がり、いまでは日本を代表するトラスト運動体になった。

慎重に進める再生事業

最近の事業を紹介しよう。蛇行していた旧川を復元するため、茅沼地区では2006年から2010年まで直線河道を埋め戻し、旧川を復元し、右岸残土を撤去した。その後、モニタリング調査に入り、2020年まで行った。魚類の生息環境が復元したか、植生がどうなったか、景観が復元できたかなどの観点から調査し、効果のほどを見た。

その結果、「地下水位が上昇し、冠水頻度回数の増加が確認された」「湿原植生面積が40ヘクタールから80ヘクタールに増えた」「生息環境に応じた魚種が生息するようになった」との効果が得られたという。

また、ハンノキの群落で、ハンノキの表皮をはがし、立ち枯れさせる実験を行い、ハンノキを衰退の効果が得られた。しかし、反面、この実験をした区域では、ハンノキの萌芽(ほうが)の数が増え、結実割合も高く、葉の面積も多くなっており、ハンノキが厳しい生育環境に耐えようとしていることもわかった。

ハンノキの増殖を防ぐため、樹皮を剥いで枯らせようとしているが、3割は生き残り、萌芽が増えたり、葉を大きくして生命力を高めている
提供:釧路湿原自然再生協議会ホームページ
作成は北海 道開発局釧路開発建設部と釧路自然保護協会

これを受けて、ヌマオロ地区でも旧川を復元し、直線を蛇行させる事業を2019年から始めた。まず、ホソバドジョウノツナギなどの希少植物を移植し、その後の経過を見たが、移植地でのエゾジカの踏み荒らしもあり、移植の効果は限定的だった。また、工事前に魚や貝を捕獲し、安全なところに放流した。

ヌマオロ地区での蛇行化
提供:釧路湿原自然再生協議会ホームページ
作成は北海 道開発局釧路開発建設部と釧路自然保護協会

一方、釧路川支川では、魚類の生息環境を再生事業として、2020年から2022年にかけて、魚の移動の障害になっている9基ある落差工に魚道を造ったり(2,100メートルから8,200メートルに増加)、河床の凹凸のあるブロックが幻の魚といわれるイトウの生殖の障害になっているとして撤去、魚の移動に必要な水深を確保するために、2021年にブロックの一部を試験的に撤去した。

絶滅危惧種のイトウは幻の魚ともいわれる
提供:釧路湿原自然再生協議会ホームページ
作成は北海 道開発局釧路開発建設部と釧路自然保護協会

魚道設置して、イトウが帰ってきた

魚道の設置は、2018年から行っているが、2019年からイトウ、サケ、サクラマスが上流で産卵するようになり、産卵床数が増え、効果のあることがわかった。

こうした事業は、再生小委員会に事前に諮り、実施計画をつくった上で行い、またその経過も定期的に報告されている。例えば、2021年12月に開かれた河川環境再生小委員会では、こんなやりとりがあった。

委員「ハンノキの枯死について、根まで完全に枯死したものなのか。数字も知りたい」
事務局「地上部が枯死し、萌芽(ほうが)・再生していないのを枯死木としている。詳細なデータは別途共有させていただきたい」
委員「旧川の平面形状を見ると、不自然な感じがする。自然河道と言えるのか」
事務局「河道は農業整備事業で直線化されているが、それ以前は人の手がかかっていない自然の状態です」
委員「毎年雨が降るたびに軽石や火山灰が流れていく。これが解決しないのであれば、湿原の再生・復元の中で軽石対策を考えていく必要があるのではないか」
事務局「旧川復元事業は進めていき、完成時に各機関の対策がそれぞれの機能を発揮し、少しでも下流に土砂が流出しないようにしていきたい。軽石が流出したとしても、軽減機能は有している」
委員長「釧路川とその支流にはいろいろな問題があり、この軽石の流出も大きな問題である。自然再生事業がこのような問題を浮き彫りにするきっかけとなって、解決に向かうことに関与できれば意義があると思っている」

河床を改善し、イトウを復活
提供:釧路湿原自然再生協議会ホームページ
作成は北海 道開発局釧路開発建設部と釧路自然保護協会

このような議論が、各小委員会でなされ、全体の会議でも行われる。湿原を守り、回復させるのは、さまざまな利害関係を持った関係者が集まって議論し、合意するなど、慎重に工事や事業が行われている。先の環境省の幹部が言ったように、後戻りが可能な、新しい公共事業のモデルケースと言ってもよいだろう。

釧路湿原の自然再生行動計画を策定

2020年9月には、ラムサール条約登録40周年を記念して座学、フィールドワークなど様々なイベントが行われた。釧路自然環境事務所の自然保護官(レンジャー)、鵜飼匠太さんは、筆者に「40周年のイベントは、湿原の重要性を様々なイベントを通して理解してもらえたらいい」と話した。最近の湿原の課題についてこう語る。

「不法投棄はまだありますが、釧路湿原を美しくする会のボランティアたちが清掃活動を頑張ってもらっています。工作物の撤去は、撤去させるために法的対応したり、啓発活動をしています。自然再生協議会では、環境省は植林や湖の富栄養化の防止、開発局は、直線した川の蛇行化工事を進めています。釧路湿原は当初より3割減少していますが、蛇行化しても2020年の豪雨で心配された河川の氾濫も起こらず、蛇行化しても問題がなかったと安心しました。事業を継続し、湿原の消滅をくい止めたい」

同じ月、釧路湿原自然再生協議会(委員長・中村太士北海道大学教授)は、第4期自然再生普及行動計画を策定した。2020年度から2024年度を対象期間とし、市民参加や環境教育を通して地域に貢献するとし、

  • 一次産業とのつながりをひろげる
  • 観光分野との連携を進める
  • 湿原のワイズ・ユース(賢く利用する)に向けてルールの普及を進める

などとしている。そして、釧路湿原の応援団として、ワンダリング・プロジェクト(具体的取り組み)を行う。「普及」を掲げているところがこの計画の特徴だ。

地元の人たちの参加が大事だ

細岡展望台には観光客が集まっていた
杉本裕明氏撮影 転載禁止

自然再生推進法にもとづく協議会は、いまでは18カ所まで増えたが、行動計画を持つのは釧路湿原だけだ。計画造りの中心を担った新庄久志さんは、釧路国際ウエットランドセンター技術委員長で、元釧路市立博物館の研究員として長年釧路湿原の調査を手掛けてきた。行動計画づくりについて、こう語っている。

「ラムサール条約の考え方に『湿原を守っていくためには、そこに住んでいる人たちや湿原を拠り所にしている人たちの協力なしには湿原は守れない』というのがありますよね。釧路湿原を守る、再生するということを考える時だって、どれだけいろんな人たちに参加してもらうとか、どれだけ地元の人たちや湿原にかかわっている人たちが参加するか。あるいは、それに実は実際に参加している、関係しているんだと気づいてもらうか。湿原にかかわらないで生きている人はいない。ただ、そのことを意識していない人が多いんです」

「そういう人たちをどれだけ引っ張り出して、みんなと経験や知識を共有して広げるかがキーワードだっていうのが、わいわいガヤガヤの話の中で出てきた。じゃあ、結局は『普及だ』と。ラムサール条約の1998年のサンホセ大会で、セパ(CEPA、行動計画)を作ろうと呼びかけられた。『湿原に関する環境教育や普及啓発を一生懸命やっていかないと駄目だよ、みんなで普及啓発をやっていこう、そのための行動計画(CEPA)を作ろう』というもの。釧路もラムサール登録湿地なんだから、それに応えようじゃないかとなったんです」(環境省ホームページ、「自然再生・専門家に聞く」より)

参考:環境省 専門家に聞く(釧路湿原自然再生協議会)

この取り組みは、補助金を受けずに24団体による48事業としてスタートした。今回の行動計画は第4期で、地域にすっかり定着し、効果を上げていることがうかがわれる。

釧路国際ウエットランドセンターは、他の重要湿地で活動をしている海外も含めた団体との交流を深めたりし、新庄さんは講師として釧路湿原を案内したりしている。こういう人たちの活動があってこそ、釧路湿原が守られるのだろう。

参考:釧路開発建設部 釧路湿原自然再生協議会

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