海洋熱波にご注意!海がヒートアップ 台風や豪雨災害、魚介類の大量死の原因にも
世界の海がヒートアップ! 海水温が異常に高まる状態は「海洋熱波」と呼ばれます。聞き慣れない言葉ですが、海面水位の上昇や海洋生物への影響だけでなく、大量の水蒸気を大気中に出すために、豪雨をもたらす線状降水帯ができやすくなります。世界の海で研究機関がデータを集め、メカニズムの解明を進め、警鐘を鳴らしています。
ジャーナリスト 杉本裕明
北日本が暑いのは「海洋熱波」も要因
気象庁、海洋研究開発機構、東京大学などの研究チームは7月19日、2023年に北日本で最も暑い夏になったのは「海洋熱波」が影響したとみられると発表した。
「海洋熱波」は、海水温が異常に高い状態が5日以上続く現象を指し、多くは数週間から数カ月にわたって持続する。研究チームによると、暖かい黒潮が北上し、冷たい親潮が後退した結果、昨年2月後半ごろに三陸沖から北海道沖にかけて海洋熱波が発生した。
2023年7月後半の顕著な高温をもたらした大規模な大気の流れに関する模式図(気象庁資料) 2023年夏(6~8月)平均の海面水温平年差。北日本周辺が赤くなり平年差が大きかったことがわかる(気象庁資料)三陸沖では水温の低い海水と暖かく湿った空気により、夏には上空2キロ以下で「下層雲」ができやすいというが、2023年夏は、黒潮が北に流れ込み、「下層雲」が作られにくくなり、北日本の日射量が増えたという。
研究チームがメカニズムを解明
研究チームによると、そのメカニズムは以下のようだ。
2023年夏の6~8月、北日本近海は1985年以降で夏として最も海面水温が高く、「海洋熱波」が発生した。三陸沖では、海洋の層の深さ300メートルまで、過去に例のない高温となった。これは、北上した暖かい黒潮で占められていたことによるという。
研究チームは、海洋熱波が北日本の記録的猛暑に影響を与えた過程を検証した。2023年は、大気下層の高度約3,000メートル以下の気温が過去と比べて著しく高く、地表付近(高度約800メートル以下)で平年との差が最大となっていた。夏の地上の異常高温の要因が、上空の大気循環の変動に加えて大気と接する海洋側にもあると類推した。
そこで海洋の表層の水温を調べると、黒潮が北上した影響で、海面付近に「海洋熱波」が発生し、海洋表層300メートルまで、過去に比べて突出して高くなっていたことがわかった。
異常高温の予測にも利用したい
これらから夏の高温は、黒潮の北上に伴う顕著に高い海洋表層の水温がもたらし、維持されていたことがわかった。
さらに、「海洋熱波」が北日本の高温に対し、どのような過程で影響したのかを調べると、海面水温に影響されて海面付近の大気の安定度が低くなったことに伴い、大気の下層の雲が著しく減り、その分、日射量が増加していた。
これにより、沿岸地域の高温や更なる海面水温の上昇をもたらしていたことがわかった。三陸沖では海洋により大気が加熱され、地表付近の大気が平年に比べて高温多湿に保たれ、水蒸気による温室効果が強まった。最後に研究グループはこう意義づけている。
「日本近海は世界平均に比べて地球温暖化に伴う海面水温の上昇率が特に大きい海域です。地球温暖化の進行に伴い異常高温のリスクが高まる中、このような近海の海洋熱波が地上の異常高温に与える影響について理解を深め、その予測精度を高めていくことは気候変動対策の観点から重要です」
世界保健機関も警告
世界気象機関(WMO)は3月、2023年は、世界の平均気温と海洋貯熱量が過去最高だったと発表している。太平洋の東側の海面水温が平年よりも高くなる「エルニーニョ現象」と気候変動が組み合わさって、気温が上昇し、平均気温を押し上げたとしている。
セレステ・サウロ事務局長は、「エルニーニョ現象は通常、ピークを迎えた後に世界の気温に最も大きな影響を与えるため、24年はさらに暑くなる可能性がある」との声明を出した(2024年1月13日付朝日新聞)。
今年はさらに上回る?
海洋研究開発機構によると、2023年8月に、日本の南を中心に海面水温が過去最高を記録した。東・西日本から日本の南海上にかけて太平洋高気圧が強く、暖かい空気に覆われ日射も強く、関東南東方では平年を1.6度上回る29.3度。東海沖では同1.7度上回る29.8度。1982年以降最高温度となった。
さらに気象庁の測定データによると、日本に近い10海域の今年1月から6月の平均海面水温は18.44度。過去最高だった1998年の18.18度を上回ったという。偏西風のルートが北側になったため、銚子沖から東に去っていた熱を運ぶ黒潮が、本州に沿って北上することが多くなり、温度に影響を与えているのはないかという(7月15日付朝日新聞)
海が温暖化する理由とは
ナショナルジオグラフィックは、科学者の指摘をこう伝えている。
「約2,300フィート(700メートル)までの海の最上部は、余分な熱の大部分を吸収している。海底の数千フィートも無縁ではない。その余分な暖かさのさらに3分の1を吸い取ってしまった。しかし、約250フィート(76メートル)までの海の最上部は、1970年代以降、10年ごとに平均約0.11度ずつ温暖化し、最も急速に温暖化している」
「科学者たちは、海洋の温暖化で、ハリケーンや熱帯低気圧などの嵐が将来より激しくなり、嵐の強さスケールでカテゴリー4または5に達する可能性が高まると予測している。それらは劇的に速度を速め、膨大な量の雨を降らせる可能性が高まる。海温の上昇は海面上昇を促す。温水は冷水よりも多くのスペースを占有し、海が温められるにつれて海は膨張した」
「大きくなるにつれて、海面は上昇する。1971年から2010年にかけて、この熱による海面上昇により、毎年海面の高さが約10分の8ミリメートル上昇した。熱膨張は、これまでに地球上で観測された海面上昇の約半分に寄与し、これまでグリーンランドや南極大陸、あるいは世界の他の氷河からの氷の融解による寄与よりも大きい」
地球規模で海洋の温暖化が起きていることがよくわかる。
国立環境研究所地球環境研究センターがメカニズムを説明
国立環境研究所も研究を進め、以下のように解説している。
海洋の温度は、海の表面の水の温度を指している。地球の平均気温の上昇に伴って上昇する。これは、大気中の二酸化炭素などの温室効果ガスの増加が原因だ。赤道に近い低緯度地域は高く、北極や南極に近い高緯度の地域は低というのが一般的だが、大気の運動、海流、地形などによって海洋温度は日々変化している。
海洋温度が高まっているのは、温室効果ガスが太陽の熱を吸収し、地球の表面に閉じ込められた熱によって大気の温度が上昇し、さらにその熱を海が吸収し、海洋温度が上がるというプロセスを踏んでいる。海洋は太陽と人の活動による熱量の90%を吸収している。
海洋の温度の上昇は人間の地球温暖化の影響によるといわれるゆえんだ。「海洋熱波」の発生頻度は過去100年間で大幅に増加し、1925年から2016年までに世界全体で年間発生日数が54%増えているという。
海洋生物は被害者
海洋の温度上昇は、大気の温度上昇だけでなく、海に住む生物にも大きな影響を与えている。海洋の上層部は温度上昇が速いため、プランクトンから魚、そしてクジラまで多くの海洋生物が生息し、わずかな温度変化に敏感だ。たとえば、サンゴは、彼らが住んでいる水の温度に非常に敏感で、わずか1度の上昇でもストレスが溜まり、白化する「漂白」が起こる。
太平洋小型さけ・ます漁業協会の専務理事は「海水温が上昇した影響で、近年は漁期の終盤になると、ほとんどサケ・マスがとれなくなっていた」と話す。このため、出漁日を1週間前倒ししたという(同朝日新聞)。
2021年秋には北海道東部の沿岸で「国内史上最悪の赤潮が発生し、ウニ、サケ、タコが大量死した(同)。海洋環境の変化で毒を持つプランクトンが増大し、それを魚介類が取り込んだといわれる。
NHKの取材によると、個々の魚介類への影響も顕著だ。スルメイカの小型化が顕著だ。280グラムあったスルメイカはいま、170グラムになり、小売店で1尾500円を軽く超える。東北でとれる養殖ホヤは通常の15センチから10センチに小型化した。海水温の上昇でえさとなるプランクトンが死に、ホヤが栄養を得られず、成長が進まないのだ。
釧路市では民間業者が2023年、養殖トラウトサーモンの実証実験を始めたが、養殖場付近の海面水温が高まり、3,500匹が死んだ。2年目のことしは養殖場に入れる幼魚のサイズを2倍にして、水温が高くならないうちに出荷しようとしているという。
豪雨をもたらす海洋熱波
海水温が高いほど、水蒸気量が増え、その分、雨雲ができ、線状降水帯ができ、豪雨となる。熱帯低気圧の発達を促し、台風を誘発する。こんな厄災をもたらす「海洋熱波」にご注意あれ!
引用・参考文献
NationalGeographic Ocean Currents and Climate
気象庁 2023年北日本の歴代 1 位の暑夏への海洋熱波の影響がより明らかに