日本の失われた干潟・沿岸湿地帯6選!なぜ自然は破壊されたのか
干潟・沿岸湿地帯は、太陽光がよく届き、川から運ばれる栄養素が豊富であることから、生物多様性が豊かな環境です。 しかし、そんな干潟・沿岸湿地帯も人間の開発によって失われてしまった場所も少なくありません。 かつて豊かな自然が広がりながら、失われてしまった日本の干潟・沿岸湿地帯をご紹介します。
日本の失われた干潟・沿岸湿地帯
日本の失われた干潟・沿岸湿地帯の中でも有名な場所は以下の通りです。
- 東京湾
- 大阪湾
- 伊勢湾
- 諫早湾
- 瀬戸内海
- 八郎潟
これらの干潟・沿岸湿地帯がなぜ失われてしまったのか、それぞれの経緯をご紹介します。
東京湾
江戸時代の東京湾は多種大量な魚介類の産地であり、世界最大の人口を誇った大都市である江戸の人々の胃袋を満たしていました。 特に、アサリやハマグリ、バカガイなどの貝類、車エビ、シャコ、ウナギなどが有名で、これらが江戸前という食文化の土台となっています。
しかし、明治時代以降は工業化が進み、特に戦後の高度経済成長期は、猛スピードで東京湾の埋め立てが進みました。 主な原因は土地不足と物流の拠点づくり、ごみと残土の処分場が関係しています。
土地不足に関しては、急激な人口増加と産業発展により、東京湾を埋め立て工業地帯や住宅地が作られることに。 物流の拠点作りは、東京湾が非常に浅く、大型船の入港が難しかったため、海を掘って岸壁を作るなどの港湾機能の整備が行われました。 そして、ごみと残土の処分場として、都市から出る廃棄物や建設残土が東京湾に運ばれています。
結果、死の海と言われるほど東京湾は汚染されてしまい、明治後期まで約136km²あった東京湾の干潟も9割が失われ、現在は17km² 程度と言われています。
大阪湾
大阪の別称である「なにわ」は「魚(な)庭」が語源であるという説があるほど、大阪湾は魚介類が豊富な地域でした。 しかし、1950年代から臨海工業地帯の整備によって、大阪湾が削られ、さらにはポートアイランド、六甲アイランド、関西国際空港など大規模な埋め立てが進んでしまいます。
埋め立ての影響で青潮の被害が発生。大阪は工業都市としても発展しているため、そこから流れる有害物質はヘドロとなって水底に堆積するなど、水質も低下することに。 そして、1932年から1993年までに大阪湾の干潟・藻場を含む浅場面積は、240km²から117km²まで減少しました。
かつては「魚庭」と呼ばれ、イワシやクルマエビが大量に獲れた大阪湾ですが、漁獲量は激減。 現在はわずかに残った淀川河口の干潟を保護、人工島の中に「人工干潟」を作ってカニや鳥を呼び戻す活動が行われていますが、大阪湾の広大な自然は取り戻せていない状況です。
伊勢湾
愛知県と三重県にまたがる伊勢湾も、かつては広大な干潟が広がっていました。 それは「命のゆりかご」と呼ばれるほど自然の恵みにあふれ、日本有数のアサリの産地として有名で、ハマグリやノリ養殖も知られています。 さらに、日本最大級の渡り鳥の中継地でもあり、シベリアからオーストラリアへ旅する渡り鳥たちが訪れる豊かな土地でもありました。
しかし、戦後の高度成長期が始まる1950年代から70年代に、臨海工業地帯の造成による埋め立て、ごみの埋め立て処理場として利用されてしまいます。 藤前干潟の保護に関しては有名ですが、1955年に49km²あった面積が、2000年には18km²まで減少しました。
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諫早湾
九州北西部にある有明海。その中央部西岸からさらに南西側に入りこんだ諫早湾も干潟が失われています。 有明海は日本全国にある干潟の40%が集まるほど自然に溢れる地です。 ムツゴロウ、ワラスボ、アリアケギバチなど、中には日本の他地域では見られない種も存在していますが、諫早湾は1989年より着工した「国営諫早湾干拓事業」によって、その自然を失ってしまいます。
この事業は「食糧増産のための農地造成」と「高潮対策」が目的に含まれ、諌山湾の入り口を堤防で塞ぐことで、これを達成する計画でした。 1997年、潮受け堤防の水門が閉じられますが、これは「ギロチン」と呼ばれるほど社会に強いインパクトを与えています。
結果、約35km²あった干潟は消滅。ほとんどが農地や調整池へ姿を変えてしまいました。 もちろん干潟の生物は徐々に死亡し、有明海全体が汚染されたという指摘もあります。
瀬戸内海
本州、四国、九州に囲まれた日本最大の内海である瀬戸内海は、かつて干潟や藻場といった自然に溢れていました。 外海からの波がないため、瀬戸内海では多様な貝類が自生。さらにはタイやサワラ、クルマエビなど絶滅寸前の稚魚が育つためにも、最適な環境でした。
しかし、船による輸送が便利という特色もあったため、瀬戸内工業地域の開発によって、大規模な埋め立てが行われてしまいます。 さらには農業用の大規模干拓によって、児島湾などが巨大な農地に。 結果、1945年から1978年の間に瀬戸内海全体で130km²に及ぶ干潟や浅瀬が失われてしまいました。
八郎潟
秋田県にある湖「八郎潟」は、かつては220km²と琵琶湖に次ぐ大きい面積を誇っていました。 海とつながっているため、淡水と海水が混ざり合う「汽水湖」であり、浅瀬には広大な湿地と干潟が広がっていたため、当時はヤマトシジミ、ワカサギ、シラウオなどが生息しています。
しかし、1957年から大規模な農地造成を目的とした国家プロジェクトが開始されると、巨大な堤防で湖を囲んで排水し、湖底を陸地化。その土地には大潟村という新しい自治体が誕生するほどでした。 約220km²あった面積は47km²まで減少し、水質が悪化するとアオコが発生し、深刻な問題に。 さらには汽水域特有の魚介類が姿を消すと、ブラックバスのような外来種が繁殖してしまいました。
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干潟・沿岸湿地帯を失わないために
このように、多くの自然が私たち人間の手によって失われていることをご存じいただけたと思います。 私たちが自然を失わないため、何かできることはあるのでしょうか。
節電や食べ残しに注意するなど小さな行動に気を付けることはもちろんですが、一番は物を大切にする気持ちと言えるでしょう。 なぜなら、我々が使用するあらゆるものは自然から資源を得て作られるため、新しい家電や雑貨を購入するといった行動も、環境破壊につながる恐れがあるからです。
そのため、ものを大切に使い、リユース・リサイクルを心掛けることで、自然の負担を抑えなければなりません。 他にも、環境問題に関する情報やリユース・リサイクルに関するアクションを共有することも、自然を守ることにつながりますので、ぜひ意識して情報を発信してみてください。
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