• エコトピア
  • 環境問題
  • ごみ焼却施設どこに造ったら?――裁判所に「こんなアセスじゃだめ」と指摘されたが、建設着手 土砂災害の危険を擁壁で防ぐというが-—迷走する自治体(下)

ごみ焼却施設どこに造ったら?――裁判所に「こんなアセスじゃだめ」と指摘されたが、建設着手 土砂災害の危険を擁壁で防ぐというが-—迷走する自治体(下)

ごみ焼却施設どこに造ったら?――裁判所に「こんなアセスじゃだめ」と指摘されたが、建設着手 土砂災害の危険を擁壁で防ぐというが-—迷走する自治体(下)
沼津市のクリーンセンター。山の斜面のねきにある
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止

静岡県沼津市の山の麓(ふもと)に焼却施設が設置されたのはいまから60年前の1966年。1976年にはそばに大型焼却施設が新設されました。その施設も老朽化が進み、市は同じ用地の一角に新たに焼却施設を計画し、9月に建設工事が始まりました。山の麓の設置場所は、土砂災害のリスクが高く、静岡県は特にリスクの高い「土砂災害特別警戒区域」と「土砂災害警戒区域」に指定しています。市は「擁壁を設置した」と安全性を強調します。

しかし、周辺住民の不安は消えず、かつて焼却施設のあった構内から、2度にわたって土壌汚染が発覚するなど、トラブルが続いています。沼津市の現場を訪ねました。

ジャーナリスト 杉本裕明



沼津市の起工式で市長が挨拶

8月6日、静岡県沼津市のごみ焼却炉、クリーンセンターの敷地で、新しい処理施設建設に向けた起工式があった。

7月31日に設置届を県に提出、受理された。9月1日の建設工事の開始を前に、業者、市会議員、地元自治会役員ら関係者が集まり、工事の安全を祈願した。頼重秀一市長が挨拶した。

「この地域の持続可能な発展に結びつけるような施設になること、地域住民に愛され、信頼されるような施設になるよう願っています」

市長は、ソーシャルネットXに投稿し、メリットを強調した。

「–南海トラフ地震にも対応出来る(中略)余熱を利用した発電で、沼津市が掲げるゼロカーボンシティの推進に寄与し(中略)、将来に向けて沼津市の暮らしと環境を支える、極めて重要な基盤づくりとして推進して参ります!」

市長が自負する焼却施設は、どんなところに設置されるのか。車で向かった。

山が迫り、そばには学校と多数の住宅が

沼津市役所から車で10分。北に車を走らせると、県道沿いに工事現場が見えた。重機が動いている。左の南側に煙突があるのが焼却施設だ。1976年に竣工し、途中で改修、延命化されている。

工事現場に入ると、真向かいに香貫山が迫っていた。「土砂崩れの心配はないのか」。担当者に聞くと、「対策として擁壁を250メートル設置しました」。

市の土砂災害ハザードマップを見ると、レッドゾーンの「土砂災害特別警戒区域」が、北と西から新たな処理施設の予定地と現在の焼却施設を取り囲んでいる。イエローゾーンの「土砂災害警戒区域」は、これらの用地全体にかかっており、危険極まりない。

そもそも山の直近には焼却施設以外に建物はなく、コンクリートの擁壁だけで大丈夫なのかと、不安を感じさせられる。

工事現場。右側の手前に新しい焼却施設が設置される。工事中に二度にわたって大きな規模の土壌汚染が発覚した
杉本裕明氏撮影、無断転用禁止

土砂災害の危険性のある場所だった

山を背に道路の向かい側には清水町立南中学がある。焼却炉の煙突から120メートル。その学校の周辺に外原区の住宅地が広がっている。

中学校は、焼却施設が完成した4年後の1980年に設置されているが、当時は煙突からの排煙にダイオキシン規制はなく、中学校と住宅地が汚染されていたことが想像できる。いまは、規制もされ、対策技術も施され、環境リスクは小さくなったが、住民の不安が払拭されているのだろうか。

土砂災害特別警戒区域(茶色)と土砂災害警戒区域(薄茶色)の図面(沼津市ホームページ)。非常に危険な場所であることがわかる
参考:沼津市 土砂災害ハザードマップ

調べてみると意外なことがわかった。当初は現在の焼却施設の隣に建設することが決まり、計画を進めていたが、2018年10月、静岡県は、土砂災害対策推進法で、現施設と予定地周辺を、土砂災害特別警戒区域に指定した。施設のある場所はほぼ全域が土砂災害警戒区域に指定された。

特別警戒区域に新たな施設を設置するためには、災害が起きないように擁壁を設置したり、土砂が流れ込んでも建築物が耐えられる構造にしたりしないと、設置が認められない。驚いた市は、2020年夏、「施設配置の抜本的な見直しが必要となった」として、市の所有地の一番北端に移動させることを決めた。

県は、審査の上、特別警戒区域の指定を解除する方針というが、解除されるのは、擁壁とごく近くの場所だけで、北と西から用地を囲む特別警戒区域は解除されない。審査する県沼津土木事務所は「1メートルの厚みで土砂が上部から流れても、擁壁で食い止められるという想定。だが、どれぐらいの豪雨に山の地盤が耐えられるかといった判断はしていない」と語る。

気候変動で予想もしなかった線状降水帯の大雨による被害が全国各地に相次ぐなか、不安は消えない。環境省は、立地検討の際には、できるだけ危険な場所は避けることを求めているのだが。

入札は1グループしか応募せず、決定した

現在の施設は1日に150トン燃やせる炉は2つ。ごみ量に比べて規模が大きすぎ、大半の日は1炉だけ動いている。市は専門家会議でこう説明している。

「150トン燃える炉だが、実際は135トン程度しか燃えていない。実際にはもう少し処理量が少ないと思う。ごみが減り、必要な熱量が確保されていない」

1976年に設置された焼却施設はその後ダイオキシン対策で補修されたが、老朽化が進んだため、それに代わり、新設の炉を設置することになった。

香貫山の麓(ふもと)に焼却施設(煙突が見える)とその右側の空き地が新設用地。焼却施設の手前に清水町立南中学校、その周囲に住宅地が広がる
提供:浅羽愛さん

新炉は、1日に105トン燃やせる炉が2つで計210トン。隣に設置する破砕処理施設は23トン処理できる。プラントメーカーのタクマと前田建設の1グループだけが入札に参加し、20年間の管理費も含む499億円で落札した。事前に公表された予定価格に占める落札価格の率は99.841%。競争相手がいないので、業者は、限りなく予定価格に近づけ、事業費を確保した。ただ、これには擁壁の設置費用などは含まれていない。また、同グループと市との契約書はその後の建設費上昇分を上乗せする見直し条項も入っており、事業費はさらに膨らむ可能性が高い。

焼却施設のコストは、うなぎのぼりだ。1990年代は炉の焼却能力1トンあたり、3,000万円台だったが、いまは1億円を超える。今回のケースは1億2,000万円と、環境省が交付金を出す時の判断材料に使う「上限価格」を3割近く上回る。

参考:沼津市 沼津市新中間処理施設整備運営事業 提案概要

住民らが3件の裁判を起こしていた

2030年1月に本格稼働の予定だが、周辺住民が3件の訴訟を起こしていた。原告に聞くと、現在の焼却施設を建設する際、市が、清水町外原区との覚書で、『未来永劫新たな焼却場を造らない』と約束していたことがわかった。

公害による健康被害が心配されるというより、むしろ、これまでの市がどういう姿勢で住民に向き合ってきたのかということが、ここまでこじれる原因となっているようだ。

棄却処分になったが、裁判所は違法性を認定

住民らは、覚書を市が無視していることだけでなく、計画を進めるにあたって、不可欠とされる環境アセスメントと、都市計画決定の手続きを怠っているとして、事業費の一部支出を不当として、静岡地方裁判所に訴えていた。

2026年5月に判決が下され、住民側の敗訴に終わったが、一方で裁判所は、アセスメントの未実施と都市計画決定の不備を認め、違法性を指摘していた。裁判所は、それがただちに事業費の支出を止めるまでには至らないとしたが、市が猛省を求められる内容だ。しかし、市は、「市の主張の大半が認められた」とし、両者の溝は埋まらなかった。

8月に住民らは行政訴訟を提起

このため、住民らは、8月、環境アセスメントが行われていないなどとして、今度は、建設工事の執行停止を求める行政訴訟を、静岡地裁に起こした。訴訟を支える「ごみ処理の未来を考える市民がつくる沼津のごみプランの会」の浅羽愛さんは、「棄却処分とはいえ、市が必要とされる手続きをしていないことを裁判所が認め、違法行為が明らかになった。それを裁判所から指摘されても市は見直す姿勢がなかった。そこで、新たな訴訟の提起となった」と語る。

なぜ、静岡県のアセス条例の対象外なのか?

環境アセスメントを調べてみよう。環境アセスは事業を止めることが目的ではなく、計画の構想段階から住民に情報を提供し、説明会などで意見を聞いたりし、お互いにキャッチボールをしながら、環境に影響の少ない保全策を検討し、合意形成するためのものだ。

このためには、事業者の計画を第三者がチェックし、住民の意見に耳を傾けることが不可欠である。アセスをせずに、焼却施設を稼働させて、あとで取り返しのつかないことが起きたら大変だからだ。

ところが、今回は、同じ用地の中で、旧炉に代わり新炉や破砕処理施設を設置することについて、県は、環境影響評価条例の規定で、「建替」を対象外としているのを適用し、条例の対象外とした。

しかし、大幅な土地改変を伴い、現施設から数百メートル離れた場所に立地することから、裁判所は、「現在の施設と新施設との間に、明らかに環境影響上の差異を及ぼすおそれのある環境条件の相違がある」とした上で、「本件事業は、ごみ焼却施設の変更(建替)の事業といえず、「設置(新設)の事業」と断定した。さらに、県は、環境影響評価法の趣旨を、自治体が尊重することを定めた条文に違反していると批判した。

そもそも、「建替」をアセス条例の対象をするかでは、筆者が知る限り、一定規模以上の焼却施設で、「建替」を対象外とする例はほとんどない。例えば東京都では、23区で構成する組合が次々と清掃工場の建替を進めているが、都のアセス条例が適用され、アセスの審議会で審査している。

環境影響評価法は、建替(リプレース)の場合、最初の設置の際に行ったアセスの資料を使うことや手続きの一部の省略を認めているが、「免除」はない。そもそも静岡県は、70年代から他の都道府県が続々と条例を制定する中で、アセス法が制定された1997年に条例化されている。

沼津市は「廃棄物処理法に定められている環境影響調査を行っている」と言うが、こちらは「ミニアセス」と呼ばれ、簡易的なものだ。環境影響評価法の制定と同じ年にできた規定で、アセスの法律と条例の対象にならない小さな処理施設をカバーするのが目的だ。アセス法やアセス条例に定められた審査会のチェックも、複数回の説明会や住民意見の提出などの手続きもない。

審査会は、立地の妥当性も審査し、そこで土砂災害や洪水、地盤など安全性も審査するが、ミニアセスは設置場所も施設の内容も決まったあとに、当事者が行う。2024年3月に、市がまとめた調査書には災害への対応等について何も書かれず、「生活環境への影響は軽微」と結論づけられた。

造成工事の途中で、二度の土壌汚染が発覚した

さらに、こんなことも起きた。2021年6月、汚染がないか調査と造成工事の過程で、地下数メートルに渡り土壌汚染のあることがわかった。鉛が土壌環境基準を超え、汚染土壌は128立方メートル。旧焼却場(1966~76年稼働、すでに解体)が稼働していた場所だ。

2024年11月に作成された市の稟議書には、「旧焼却場で焼却灰・飛灰の移動保管があったことから、焼却灰・飛灰により溶け出された鉛の影響であると考えられる」と記載されていた。後に市は「業者の推測で書かれた文書であることを確認した。汚染原因は不明」(整備室)と稟議書の内容を否定するが、明白な根拠は示されていない。

旧施設が稼働していた時期は、廃棄物処理法(1970年)もない、いわば無法状態。高濃度の鉛やダイオキシンが煙突から排出され、焼却灰を埋める埋め立て処分場は、構造を定めた基準がないため、同法が制定されたかなりあとまで、ただの素掘りが認められていた。半焼けのごみを処分場に持ち込めなかったという証言もある。「稟議書」が書くように、焼却施設の構内に焼却灰を一時埋める行為があっても、不思議はない。

ところで、汚染地は、土壌汚染対策法にもとづき、「形質変更時要届出区域」に指定されたが、「造成工事の場所でもなく、(撤去の)必要がない」(整備室)と、そのままにしていた。ところが、2025年暮れになって、約10メートル離れたところで、地下にごみをためる「貯じんピット」(幅6.3メートル、長さ13メートル、高さ7.5メートル)が見つかった。中にあったのは、大量の汚染土壌や焼却灰だった。

ダイオキシン、ベンゼン、鉛、ヒ素が環境基準を大幅に超えた汚染土壌は、前の汚染土壌と合わせ、1,350立方メートルが搬出され、民間処理施設で処理された。

貯じんピットには大量の汚染土壌が埋められていた。除去の工事現場
参考:沼津市 貯じんピットに関する資料

今回、市は、元職員の聞き取りを行い、焼却灰等はピットに埋められていないと判断、外から汚染土壌が持ち込まれたと推定、調査を打ち切った。しかし、後処理として、ピットに新たに土を入れることを委託された業者が、わざわざ汚染土壌を持ち込むものだろうか。2021年の土壌汚染とともに、不可解な「事件」といえよう。

土壌汚染区域指定解除せず、子ども招き見学会開催

市は、今回も「形質変更時要届出区域」に指定し、撤去後の2026年3月、2件の指定を解除した。撤去工事はトラブルもなく進められたが、2025年11月、地元住民が驚くできごとがあった。

小中学生8人と父兄7人が招かれ、造成工事の見学会が開かれた。主催は全国建設業連合会。造成工事を担当した竹中土木が、市に提案し、市の承諾を得て開催したという。しかし、会場となった工事現場のすぐそばでは汚染土の撤去関連作業が続いており、指定区域は解除されていなかった。

住民の一人は「ただちに健康影響への心配はないとはいえ、汚染土壌の撤去作業をしている工事現場に子どもを入れるのはどうか」と疑問視する。これに対し、市整備室は「工事会社から提案があり、市の環境政策課と相談し、承諾した」(整備室)と話す。環境省の関係者は「違法ではないが、指定区域には一般の人は立ち入らないのが鉄則。子どもを招いた見学会なんて聞いたことがない」。

新たな焼却施設造らない「覚書」

焼却施設をこの地に新設することについて、市は地元に説明してきたという。2012年から2017年にかけて、沼津市の3地区(外原自治会、中瀬町自治会、山ヶ下地区)から容認または賛成をとりつけた。残る清水町外原区は、「覚書」などをもとに、鈴木隆雄区長らが認めなかったが、2014年に臨時総会が開かれ、鈴木区長に代わり新たな区長が選出された。

その5年後、区長らは、清水町に「(新施設の問題については)静観する」と答えた。市と町はGOサインと受け取ったが、後に、区の総会で、役員は「(静観は)建設反対と条件付き受け入れの意見が対立し、現状ではコメントできない(という意味)」と発言したという。

元区長の鈴木隆雄さんが言う。「私が処理施設の新設を認めないため、市が、区長のすげ替えを町役場に働きかけ、臨時総会で、別の区長に変えられてしまった。私は覚書遵守を求め続けた。同時に、代替案を考え、ごみを燃やさない処理方法の検討を要望したが、市は、焼却炉の考えを変えなかった」

気になるのは、副市長ら市幹部と清水町幹部と行った協議記録だ。2014年2月4日、清水町役場の町長室で開かれた。その前日には、外原区に新規の施設を建設するとの基本構想が沼津市議会で承認されていた。

沼津市が区長を替えるため、町役場に持ちかけた

沼津市と清水町の協議記録
参考:沼津のごみを考える 市民がつくるごみプランの会 清水町公文書開示訴訟高等裁判所判決が出ればどちらにしても更に沼津市は不利な状況に。地元合意文書は非公式だった!?さらばのり弁裁判

住民が町に開示請求し、入手した井原副市長と落合副町長が出席した協議記録には、こうあった。

沼津市「外原区長が続投であるようなので、対抗組織(条件派)など、正攻法(で)ない手法も考えてほしい(外原区には市職員〔地域自治課長、道路建設課長〕他4-5人程度)」

清水町「ぜひ、市議会議長から町議会議長に『決断』の件を話してもらえると、スムーズにいくので、お願いしたい(副市長了解)」

町役場に、反対する区長のすげ替えを頼む生々しいやりとりである。鈴木さんは「区長の選挙は住民を代表する約60人の代議員が選ぶ。市と町の協議があってから何度か臨時総会が開かれ、三度目の9月の総会の投票で、区長を降りることが決まった」と振り返る。

新しい区長と役員は、町との協議を重ね、2018年になって、町に「建設反対と条件つき受け入れの意見が対立、現状では新焼却場についてコメントできず、静観」と伝えた。市と町は、これを容認と受け取り、建設推進に動いた。この事実を町と市は伏せていたが、3年後の外原区の総会の場で、住民からの質問に、区長が答え、発覚した。

計画のプロセスを住民が知るともめるとして、秘密裏に進めても、やがて明らかになって、それが紛争を招く要因になる。多くの自治体が過去に経験してきた失敗例を、繰り返しているように見える。

元外原区長の鈴木隆雄さんは2025年6月の記者会見の場で、市の計画の問題点を訴えた
提供:浅羽愛さん

そもそもここにごみ処理施設ができた歴史は古い。市がし尿処理場を建設したのは1958年のこと。住民は悪臭に悩まされたが、市は住民の反対の声を押し切って1966年にその隣に焼却処理施設を建設した。

しかし、増え続けるごみに対応できず、半焼き状態のごみが、最終処分場に運び出され、それが地元住民の猛反発をくらった。焼却炉の周辺住民は、煙害に苦しんだ。

それにもかかわらず、市は、1973年、新しい焼却施設を設置すると発表し、地元住民を驚かせた。自治会が反対を表明し、建設に反対する闘争委員会が結成された。

反対の声が燃えさかる1974年11月14日、井手俊彦市⾧(当時)は、外原区⾧と地元住民による「闘争委員会」委員⾧と、覚書を結んだ。

現在の焼却施設の設置をめぐって清水町の外原区と沼津市長が結んだ覚書
参考:公共訴訟のCALL4 市民との約束を無視して進む「新焼却炉建設」を止める訴訟

「公害防止協定」に盛り込む項目を確認したものだが、それに付随した「話合い状況概略」に「将来、(現在地の)1ノ洞、2ノ洞、3ノ洞には一切増設、新設しない。市、町、地元の確認事項は市長、町長等の変動があっても効力があると認める」と書かかれた。

覚書に、新たな焼却施設は造らないとする協議結果がつけられていた
参考:公共訴訟のCALL4 市民との約束を無視して進む「新焼却炉建設」を止める訴訟

住民らは、「覚書」があることから、新たな焼却施設はできないと信じきっていた。市は、2011年からこの場所に焼却炉を設置する計画を進め、地元が認めないという状態が続いていた。

36か所の候補地から探したというけれど

かつて、沼津市は他の候補地を探したことがあった。しかし、その作業が中断したことがあり、数年後に再開した時、「新たに候補地を探している時間はない」と、現在の場所への新設を決めた。

中断したのは、静岡県が、2003年、市町をブロックごとにまとめて大きな焼却施設を整備させ、大井川町に設置する大規模資源化施設で焼却灰などを処理する計画を打ち出したことにある。それまで市町村が進めていた処理施設の計画はストップした。

しかし、その後、事業の核となる資源化施設の採算が見込めないことがわかり、大井川町も施設設置に反対を表明し、5年後に事業計画は破綻した。ずさんきわまりない計画に、市町が振り回されたのである(大井川町はその後、焼津市に編入・合併された)。

一方、沼津市は、以前から36件の候補地をベースに選定を進めていたというが、候補地名も選考過程も明らかにされておらず、住民は蚊帳の外に置かれていた。これで、「もとの焼却施設の場所に戻した。よろしく」と言われても、住民は容易に納得しないだろう。

かつての公害を知る住民には、大気汚染による健康障害を心配する人も多い。これに対して、市は、「焼却炉は、改善が進み、環境への影響は小さくなった。新施設には発電施設もあり、発電効率は20.5%と高効率発電なので、環境省の交付金も従来の3分の1に上乗せされて2分の1出ます。生ごみ分はFIT(固定価格買取制度)が適用され、キロワット時17円で売電できる」と、メリットを説く。

住民らでつくる「ごみ処理の未来を考える市民がつくる沼津のごみプランの会」は、市との直接交渉や裁判で見直しを求めてきたが、ごみ処理の方法や、市民が取り組めるごみ減量の方法を展示した「環境フェスタ」を開いたりし、啓発活動も行っている。

建設工事が始まった9月1日には、住民はデモ行進して抗議した
提供:ごみ処理の未来を考える市民がつくる沼津のごみプランの会提供

ごみは減り続けるのに、今後増えると予測

沼津市が、焼却炉の規模を決めるために使ったごみ量の将来予測にも疑問符がつく。

市の「一般廃棄物処理基本計画」によると、2030年度の可燃ごみの排出量の目標は、24年度から6年間で約3%減らすとしている。しかし、これまでの実績を見ると、2024年までの4年間で約10%減っている。さらに2026年度の目標も出しているが、2025年度の実績値を見ると、すでに目標値を大幅に下回っており、市の予測と大きくずれている。

目標値の3%減は、この間に市が予想した人口減とほぼ一致する。数字を見る限り、目標値は、人口減に伴うごみ減少の量にそろえただけに見える。市環境政策課は「2024年度までのごみの減り方が急だったが、この傾向がこれからも続くか疑問があった。目標値の設定値はいまのままの施策をもとに設定しており、新たなごみ減量の施策はないとした」と話す。

新しい焼却施設は日210トンの規模は、将来にわたってごみは大きく減らないと想定し、決まった。しかし、現在の焼却炉は150トン炉2炉のうち1炉しか動いていない。ごみが足らないからだ。210トンの新炉が稼働しても、やがてごみが減り、1炉を遊ばせることにならないかどうか。

現に市の識者による検討会(2017年)で、市は、「1日135トンしか燃やせていない」とし、「ごみ量の不足」を訴えている。環境省によると、沼津市の施設の直接焼却量は当時と比べ、12%減っており、新炉を2炉(計210トン)動かしても、それに見合うごみがない計算になる。

沼津市は全国で初めて分別収集始めた自治体だった

沼津市役所の議会事務局には市議会の議事録が保管されている。事務局を訪ね、1975年12月の定例会の記録を見た。こんなやりとりがあった。

武藤貞夫議員「ごみ分別収集をおうかがいしたい。全国に先駆け生まれたごみ分別は沼津方式として国の注目を浴び、10月には厚生省にリサイクル研究会が発足した。その主導的役割を果たしたのが沼津市です」

井手俊彦市長「(分別収集を)やることについて、現場の職員が先頭に立って、本当に、自分たちでこうやりたいんだと立ち上がった。300回近く、いろいろな自治会との懇談会を重ねて、住民のご理解をいただいた。そのことが沼津方式の一番の特徴です」

そして、こう加えた。「決して、これをもって完結しているわけではない。今後、焼却場ができる中で、どう発展し、継続していくか。なお、いろいろ研究していかなければならないと思っています」

出たごみを、燃やして埋めるに任せてきた沼津市は、処理施設周辺の住民から抗議を受け、立ち往生していた。この事態を打開するため、就任したばかりの井手市長が決断したのが、可燃ごみと不燃ごみの2分別に加え、資源ごみを回収し、ごみ減量に取り組むことだった。

わずか半年で不燃ごみは約3割減った。「分ければ資源、混ぜればごみ」を標榜した沼津市の試みは、やがて全国の自治体に広がり、国もごみ政策を見直さざるを得なくなった。住民が主体となってごみ施策を担うことの大切さを、多くの自治体は学んだのだ。

それから半世紀。かつて2003年度に32%を誇った沼津市のリサイクル率は、2024年度23%まで下がった。住民が、分別とごみ減量に取り組む、住民参加の動きも鈍くなった。

頼重市長は「この地域の持続可能な発展に結びつける」と宣言したが、具体策は示されていない。「熱回収施設」を標榜するなら、住民参加によるまちづくりにどう生かすのか「300回懇談会を重ねた」という、井手市長の言葉が、改めてよみがえってくる。

あわせて読みたい

関連タグ

カテゴリー

人気の記事

  • 先月
  • 全て

人気のタグ

おすすめの記事

スペシャルコンテンツ

関連リンク