海洋プラスチック問題を7つの視点から考える①ジャーナリスト 杉本裕明

海洋プラスチック問題を7つの視点から考える①ジャーナリスト 杉本裕明

 プラスチックの海洋汚染を防止し、資源循環を進めるための環境省のプラスチック資源循環戦略案が2018年11月にまとまり、パブリックコメントをへてこの春に正式決定される。18年6月のG7シャルルボワサミットで、カナダが提案した、マイクロプラスチックによる海洋汚染を防ぐための海洋プラスチック憲章に、EU(欧州連合)諸国が署名しながら、日本と米国は署名せず、内外から批判を浴びた。

 そこで官邸は今年6月に日本で開かれる予定の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)にお披露目することで挽回を狙い、環境省に戦略づくりを急がせることになった。戦略は、使い捨てプラスチックの発生抑制を重視し、目標も野心的なものだ。でも、それを達成するために、これからどうするのか、その筋道ははっきりしない。

 一方で、中国は18年からプラスチックごみの輸入禁止に踏みきった。行き場のなくなった100万トン近いプラスチックごみが日本国内に滞留している。日本は世界でも有数の使い捨てプラスチックの排出国だといわれる。海洋汚染の調査でも欧米より一桁多いとされている。気の遠くなるような陸の滞留と、海の汚染――。この二つの課題をどう解決したらいいのか。まずは、各地をめぐって、現状をリポートした。

ジャーナリスト 杉本裕明



①プラスチックごみの行方

産廃処理会社の社長の嘆き

 プラスチックごみ(以下、廃プラスチックと呼ぶ)を扱う業者や産廃業者の間で、戸惑いと苦悩が深まっている。中国ショックの影響だ。

 東日本の大手産廃処理会社の社長が、こんな悩み事を語ってくれた。

 「これまで、日本から中国に輸出されている廃プラスチックごみは約150万トンもあった。本来は国内でリサイクルすべきものだが、産廃業者に任されたって、できるものじゃない。高い値段で、中国の業者が買ってくれるというので、品質の良い廃プラスチックも粗悪なプラスチックも中国に向かっていた」

 「私の会社では、工場や事業所から、お金をもらって廃プラスチックを受け入れ、品質のいいものは細かく破砕して、マテリアルリサイクルの原料として、リサイクル業者に販売していました。品質の少し劣るものは、別の産廃業者にお金を払って焼却処分してもらっています。最後に、塩素分が多く焼却に向かない品質の悪い廃プラスチックは、お金を払って埋め立て処分してもらっていました。ところが、こうしたリサイクルと処理処分の仕組みがおかしくなったのです」

 どんなふうにおかしくなったのですか、と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「中国に向かっていたものが、いま、国内に溜まっているでしょう。それが、『処理費が高くてもいいから、引き取って処理してほしい』と、産廃業者に処理を頼みこむ業者が増えているのです。中には品質の良い廃プラスチックがあります。こちらが、リサイクルにと売却していた廃プラスチックは、販売先の業者から、『もっと品質のいいものが手に入ったから』と、買い取りを渋るようになってきました。この傾向が強まり、私が扱っている廃プラスチックのリサイクル率はこれまでの数分の1にまで下がってしまっているのです」

 大変な事態だ。中国に輸出できなくなった廃プラスチックが、国内リサイクルされていた廃プラスチックを押しのけはじめている。

なぜ、こんなことになったのか

 プラスチック業界でつくる一般社団法人プラスチック循環利用協会がプラスチック樹脂の生産から行き先をフローチャートにまとめている。

 2016年の国内の樹脂の生産量は1075万トン。製品にされた後、915万トンが廃棄物となり、焼却発電などの熱回収も含めると八割以上が利用されている。このうち材料リサイクルの利用分は206万トンある。しかし、3分の2に当たる138万トンが輸出され、そのほとんどが中国向けだ。国は、リサイクルの優先順位をまず材料リサイクル、次に化学リサイクル、さらに発電などの熱回収と順位付けしており、優先すべきリサイクルの大半が中国頼りだったことがわかる。

 プラスチックの輸出は、1980年代に工場から出た成型ロス品の東南アジアへの輸出で始まった。しかし、ごみを混ぜて輸出する違法行為が横行し、80年代末に各国は輸入禁止にした。それに代わりに登場したのが中国だった。90年代、中国が輸出先として登場し、廃プラスチックを高値で買い取るようになった。中国国内のリサイクル業者も増え、旺盛な需要が、日本の廃プラスチックを飲み込んでいった。

 しかし、日本や欧州から輸出された廃プラスチックに汚いごみが混ぜられる事件が、その後相次いだ。環境汚染への懸念から、中国政府はそのたびに相手国に警告し、輸入禁止措置を出し、その後事態が収まると禁止措置を解いた。こうした規制と規制解除が何回かくり返されてきた。今回の禁止措置は、2017年に中国政府がWTO(世界貿易機関)に24品目の輸入規制措置を通告したのに端を発している。廃プラスチックのほかに質の悪い古紙なども含まれる。廃プラスチックの規制は、まず生活系の廃プラスチックに限定して行われ、その後工業系に拡大し、全面禁止となった。

 

廃プラスチックが国内に溜まり続ける

廃プラ輸出業者の敷地に保管された廃プラの山
写真は筆者撮影 転載禁止


 福岡県のあるリサイクル工場を訪ねた。敷地に廃プラスチックが山となっていた。工場から出たきれいなシートのロールもあれば、シュレッダーダスト(破砕ごみ)もある。工場の中では、作業員が破砕機で廃プラスチックを破砕し、フレコン・バック(大型の収納袋)に詰めていた。工場の責任者を務める中国人の男性が応対してくれた。

 この工場は、ちょっと前まで、日本人が経営していたのではないか。

 「その会社が倒産して、うちの会社が工場と施設、それに溜まった廃プラスチックを引き取ることなった」

 中国に輸出できるのですか?

 「輸出できなくなったので、台湾とマレーシアに輸出しようとした。しかし、審査が厳しくなって、質の悪いものは受け入れてくれなくなった。そこで、廃プラスチックを粉砕し、輸出できないかと考えている」

 この会社は、工場の経営者から無償で権利を譲られた。前の経営者は、廃プラスチックを中国輸出していたが、2016年7月に中国がWTO(世界貿易機関)に輸入禁止措置を取ることを通報し、まもなく実行されたため、中国に輸出できなくなり経営破綻した。経営者に溜まった廃プラスチックを処分する資力はなかったが、相談した弁護士が引取先を見つけてことなきをえた。 

 焼却炉を持つ関東のある業者には、ひっきりなしに相談の電話が入っている。経営者が話してくれた。「通常の取引先からの受け入れ分で、うちはほとんどフル稼働です。ところが、輸出業者が、困っているから何とか処理してほしいと頼んでくる。スポット的に少し受け入れていますが、大半は断っています。この状態が続くと、不法投棄されてしまうのではないかと、感じるんじゃないでしょうか」

 

中学校のそばに廃プラスチックの山

 大阪府内のある市の住宅街の一角に、廃プラスチックの山があった。ここでも中国輸出していた会社が経営破綻し、別の会社が引き取った。近所の住民に聞くと、「プラスチックの山ができてかなり立っている。囲った鉄の塀が歪んで、いまにも崩れそうで、不安です」と語った。

 滋賀県のある市の道路沿いを、車で通ると、廃プラスチックの山が見えた。それも中学校の校舎のすぐ近くだ。

 この会社は別のところに本社があり、大きな倉庫を持っていたが、そこも廃プラスチックで満杯だった。中国への輸出が止まって、この空き地に積み上げたままである。様々な廃プラスチックがある。シートを巻いたロール。ひもの山。破砕した廃プラスチックを詰めたフレコンバック。廃プラスチックの雨で品質の劣化が進む。

 廃プラスチックの山を見て、近くの市民が心配になって市役所に電話した。「産廃が捨てられていないか」と問い合わせに、市役所の職員が現場に行き、持ち主を確認、さきの会社に問い合わせた。会社側は「あれは商品です」と言い張った。中国に行くはずが、ストップがかかった状態なのだ。だが、処理もされず、いつまでも放置し、経営が傾いたら廃プラスチックはどうなるのだろうか。

 ある商社は、廃プラスチックの国内リサイクルと中国への輸出を兼ねていたが、昨年夏、輸出事業から撤退した。17年11月に工場を閉鎖し、溜まった250トンの廃プラスチックを産廃業者に委託した。処分するのに数千万円かかった。

 「工場から買った品質の良いプラスチックまで燃やしてしまうのは惜しかったが、見切りをつけることにした。一部は東南アジアに輸出したが、輸出業者がみな向かっても、中国への輸出量をさばくことはできません」と、社長は嘆いた。

②海洋汚染大国、ニッポン

日本の海洋汚染度は世界の27倍にも

河ペットボトル(高田秀重氏提供) 転載禁止


 日本の各地で、廃プラスチックの山ができている。陸地から、こんどは河川や海洋に目を転じよう。最近、騒がれるようになったマイクロプラスチックによる汚染が深刻化している。

 荒川や多摩川の下流部の河川敷を歩くと、大量の廃ペットボトルや廃プラスチックの袋などを見つけることができる。東京農工大学の高田秀重教授の研究室を訪ねると、高田さんがパソコンの画面を開いた。そこに大量のペットボトルが下流に流れ着いた写真が写しだされた。

 「こんな状態です。ひどいでしょう。劣化して、やがて細かいプラスチックになり、川や海を汚染するのです」と高田さん。

 国連環境計画の試算によると、世界で年間3億トンのプラスチックが製造され、約800万トンが海洋に流入し、海洋を汚染し続けている。中でも直径5ミリ以下のマイクロプラスチックは、PCB(ポリ塩化ビフェニール)など有害な残留性有機汚染物質(POPs)を吸着する。それを魚介類などの生物が取り込み、濃縮が進む。最終的には人の体内に入る。マイクロプラスチックがどの程度人体に悪影響を与るのかははっきりせず、今後の研究課題ではある。

だが、英国のエレン・マッカーサー財団が2016年のダボス会議で、将来、海洋中の魚の重さよりに浮遊するプラスチックの方が重くなると報告するなど、大きな問題となり、環境省も海洋調査を始めた。

 マイクロプラスチックは、レジンペレットや化粧品などに使われるマイクロビーズなど微細なものと、製品が紫外線や熱などで劣化し細かくなったものに分かれる。高田教授が東京湾のイワシを調べたところ、後者が9割を占めた。欧州でも同様の傾向である。

 磯辺篤彦九州大学教授によると、日本沿岸海域では1平方キロメートル当たり172万個のマイクロプラスチックが存在し、世界全体の27倍。中国南部から東南アジアにかけても同様に多い。磯辺教授は、東アジアはマイクロプラスチックのホットスポットと呼んでいる。

 磯辺教授と東京海洋大学の東海正教授・内田圭一准教授、寒地土木研究所の岩﨑慎介研究員らの研究グループは2019年1月、東京海洋大学「海鷹丸」が太平洋で2016年に観測したマイクロプラスチックの浮遊量などをもとに将来の浮遊量の予測結果をまとめた。

それを紹介した環境省の資料は、「特に夏季の日本周辺や北太平洋中央部で浮遊量が多くなること、プラスチックごみの海洋流出がこのまま増え続けた場合、これらの海域では2030年までに海洋上層でのマイクロプラスチックの重量濃度が現在の約2倍になること、さらに2060年までには約4倍となることが示されました」としている。

 高田教授は「日本沿岸海域が多いのは、中国南部と東南アジアからの廃プラスチックが日本周辺に流れ着き、紫外線の作用でマイクロ化したことも考えられる。だが、日本の使い捨てプラスチックの1人当たりの消費量は世界第2位。国内で排出された廃プラスチックの寄与が大きく、削減対策を急がないと取り返しのつかないことになる」と警鐘を鳴らしている。

 マイクロビーズについて、日本化粧品工業連合会は2年前に会員企業に使用中止に向けた対応を求める通知をしている。しかし、どのメーカーがどの製品に使っており、いつからやめたのかといった具体的な情報を明らかにしていない。自主規制は、各社のお任せとなってしまい、詳しい情報は公開されない。これでは、どれだけの効果があったのか、検証もできない。

最近の高田教授らの研究では、洗濯機で化繊がこすれてマイクロプラスチックが発生、下水処理場で完全に取りきれず、人口50万人の規模の処理場から1日50億個が排出されているとの試算もある。高田教授は「大半が回収され、一部が排出されたとしても、その数は膨大で、無視することはできない」と話している。



※以下補足
■プラスチック資源循環戦略
基本原則として、ワンウェイの容器包装・製品をはじめ、回避可能なプラスチックの使用を合理化し、無駄に使われる資源を減らし、プラスチック製品の原材料を再生材や再生可能資源(紙、バイオマスプラスチック等)に切り替える。
▽長期間プラスチック製品を使用、その後は分別回収し循環利用(熱回収を含める)を図る
▽海洋プラスチック問題では、3Rと適正な廃棄物処理を前提にゼロエミッションを目指し、ポイ捨て・不法投棄の撲滅、清掃活動を推進し、海洋汚染を防止
▽日本の率先した取り組みを世界に広める。経験・技術・ノウハウを輸出し、世界に貢献。
 重点戦略として、
▽リデュース等の徹底(レジ袋有料化の義務づけ、環境配慮設計、リユース容器・製品の利用促進)
▽効果的・効率的で持続可能なリサイクル(店頭回収、拠点回収の促進)
▽再生材・バイオプラスチックの利用促進(グリーン購入法で率先調達、プラ中の化学物質の含有情報の取り扱いの検討・整理
)▽海洋プラスチック対策(洗い流しのスクラブ製品中のマイクロビーズの削減、ペレットの飛散流出防止)
▽途上国支援。
 数値目標として、
▽2030年までに使い捨てプラの25%排出抑制
▽25年までに容器包装・製品のデザインをリユース・リサイクル可能に
▽30年までに容器包装の6割をリサイクル又はリユース、35年までに廃プラを熱回収含め100%有効利用を目指す。
■海岸漂着物等の処理等の推進法(09年制定、18年改正)の基本方針改定案(プラスチック関連部分)
基本的方向として、マイクロプラスチックとなる前に円滑に処理し、廃プラスチック累の排出の抑制、経済的・技術的に回避可能なプラスチック類の使用の削減、分別回収・リサイクルの促進等による廃プラスチック類の減量、適正な処理が必要
▽マイクロプラスチックの海域における発生抑制の政策の在り方を速やかに検討し、その結果に基づき必要な措置を講ずる必要
▽3R推進による循環型社会の形成として、ワンウェイのプラスチック製容器包装・製品のリデュースなどによる経済的・技術的に回避可能なプラスチック類の使用の削減、リユース容器・製品の利用促進等により、廃プラスチック類の排出抑制に努める
▽マイクロプラスチックの海域への排出の抑制として、事業者は、海域への流出が抑制されるようマイクロビーズの削減の徹底などでマイクロプラスチックの使用の抑制に努める。国はマイクロプラスチックを含有する製品の流通の状況を調査する。海域、河川や湖沼など公共の水域での分布実態や生態系などへの影響への調査研究を推進する。

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②に続く。


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