自然共生サイトってなに? サイトに認定された岐阜県可児市の大森奥山湿地 メガソーラーの開発から逃れ、住民と業者が協力し、湿地守る

可児市民提供
生物多様性を守るために企業や自治体、住民が管理し守る湿地や森などの自然を登録する環境省の「自然共生サイト」の数が253カ所になりました。北海道から沖縄まで各地に点在しますが、「自然共生サイト」って、聞き慣れない言葉ですね。
生物多様性が様々な人々の努力で守られ、親しまれ、地域に根付いていますが、まだまだ「市民権」を得たとはいえません。生物多様性がなぜ大切なのか、簡単な説明をしたのち、「自然共生サイト」の1つ岐阜県可児市の大森奥山湿地群を訪ねるとともに、湿地保全活動をしている市民団体に話を聞きました。
ジャーナリスト 杉本裕明
生物多様性とは
地球には数百万種から3,000万種類もの生きものがいるといわれている。その生きものたちが、多様な形で直接的・間接的に関わり合っていることを「生物多様性」と呼ぶ。
これは、世界自然保護基金(WWF)の生物多様性の説明だ。「生物多様性」は動植物の種類が多いだけを意味するわけではなく、WWFは「種の多様性」「遺伝子の多様性」「生態系の多様性」の3つをあげている。
締約国会議できまった30by30
その実現のために、1992年にブラジルで開催された「地球サミット」で「生物多様性条約」が採択され、米国を除く194カ国とEU・パレスチナが加盟する。
2年に1回、加盟国による締約国会議が開かれ、世界規模の目標を定めたりしている。2021年のCOP15で、新たに「昆明・モントリオール目標」が決まり、「2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させる」(ネ―チャー・ポジティブと呼ばれる)ために、「陸域、海域などを30年までに30%保全」することとされた。30by30とは30年までに30%という意味である。
自然が保全されている地域は、世界の陸地の17.6%、海洋では8.4%とする報告書を、国連環境計画(UNEP)と国際自然保護連合(IUCN)が2024年10月に公表している。
環境省が自然共生サイトの認定呼びかける
日本は国土の多くを森林が占めながら、現状では陸域が20.5%、海域が13.3%。環境省は少しでも陸域30%に近づけるためにと、2022年、民間などの活動で生物多様性が保全されている区域(森林、 里地里山、都市の緑地、沿岸域等)を認定する「自然共生サイト」を立ち上げ、広く呼びかけた。認定されたからといって、利益があるわけではないが、日本の自然の生態系を守る一員であることが公式に認められる。そのことで、何よりここがかけがえのない自然であり、守り続けていかねばならないと再認識することができる。
環境省自然環境局の担当者は「企業が保全する森など、1つ1つは小さくてもたくさん集めれば数%になる。管理が行き届いた国有林も加えた。それらをOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)として国際データベースに登録します」と語る。
こうした活動を促進するため、取組を国が認定する「生物多様性増進活動促進法」が公布された(2025年施行)。企業、NPO、自治体は増進活動実施計画を策定し、国の認定を受けると、野生生物の管理にかかわる規制の緩和などが認められ、保全活動がしやすくなるという。調査費などの補助金を得る可能性もある。
さて、こうした基礎知識を持って、岐阜県可児市に向かおう。
大森奥山湿地群を見た
岐阜県可児市の名鉄可児駅から南に約5キロ進んだ道路脇に車を置き、坂道を歩いて登る。左手の西に新興住宅街が広がる。その反対側の東側にはメガソーラーが見える。近づくと無数の太陽光パネルが陽光を浴びている。

杉本裕明氏撮影 無断転用禁止
メガソーラーというのは、太陽光パネルの発電能力が1,000キロワット以上のもの(1,000キロワット=1メガワット)を指す。1メガソーラーの発電のためにパネルの敷地がおよそ1ヘクタール必要とされる。

杉本裕明氏撮影 無断転用禁止
可児市によると、ここのメガソーラーは、約4.8ヘクタールに太陽光パネルが6,800枚設置されていた。その住宅街とメガソーラーの境界線に小さな川のように湧き水があちこちにあり、細長い形で湿地がのびているように見える。「大森奥山湿地群」と呼ばれ、8か所の湧水湿地が点在する。2023年に環境省の自然共生サイトに登録された。

シデコブシ、モウセンゴケ、ハッチョウトンボなどの貴重な生物が生息している。東海地方は湧き水でできた小さな「湧水湿地」が多いことで知られ、ここもその1つだ。
傾斜地に溜まった水で湿地ができた
この大森奥山湿地群は実は8つの小さな湿地からなる。村上哲生中部大学前教授らがこの湿地を調べているのでその論文をもとに概要を説明する。
湿地は8つあり、主に湧き水とか湧水(ゆうすい)とか呼ばれる滲出水によって生息し、保全されている扇形湿地(M1、M2、M5)と、湧き水に加え地表を流れる水の流入によって斜面に伸びた湿地(M3、M6、M7)の2種類に分かれる。


杉本裕明氏撮影 無断転用禁止
M8湿地は、2010年頃宅地造成事業で崖が掘削された跡にできた人為的な湿地だ。裸地と草地、水溜まりからなる。湿地面積はM1が最も大きく420平方メートル。他の湿地は30~100平方メートル。中には、M8のように崖が開発で掘削された跡地にできた湿地も含まれる。
傾斜地にある湿地の傾斜の角度は3.6°~19.9°の間にあり、降った雨は長時間、地中の砂礫層に貯められ、湿地の環境が維持される。傾斜があまり急だと雨水が一気に流れてしまい、長時間、斜面に水が滞留することはない。
この微妙な地形のバランスが湿地を支えていることがわかる。村上さんによると、いずれもごく小さな湿地で、東海地方にはこうした小さな湿地が多いという。大森奥山湿地群はハッチョウトンボなど貴重な生物が生息しており、村上さんは「周囲が開発されているので、開発の影響を受けないか、調査を継続することが必要だ」と語る。
隣地は住宅開発のまっ最中だった
筆者は南側から湿地群に向かったが、右側の丘陵を見ると、多数の太陽光パネルが並んでいるのがみえる。左側の土地は住宅の造成工事が進められ、大型ダンプカーが出入りし、ブルドーザーが土砂をつかんではそれを落としてならし、平にしている。

杉本裕明氏撮影 無断転用禁止
整地が終わったところもあるが、過去の開発で湿地の一部が埋め立てられたところもある。両側の土地開発を見ると、そこに挟まれた湿地がかろうじて守られているのは奇跡のようだ。
その湿地を守ろうと動いたのが、地元の住民たちで、「大森奥山湿地群を守る会」を結成した。
湿地にメガソーラーの建設計画
代表の経塚茂会長に聞いた。
「実は、元の計画ではこの湿地群は無くなりメガソーラーがここまでくるはずだったのです。でも住民が反対署名の後、可児市の条例を利用して開発業者と粘り強く交渉し、湿地を保全することが決まったのです」
経塚さんによると、計画が浮上したのは2017年。名古屋市の業者がメガソーラーの設置を計画していることがわかり、周辺住民から景観の悪化、反射光の光害、湿地の希少植物への影響などを心配する声があがった。
良好な環境を守る場所のはずが
この地域は実は用途地域で、第一種低層住居専用地域に指定されていた。都市計画法で定められた用地地域の1つで、低層住宅のための良好な環境を保護するために、住居系の用地地域の中で最も厳しい規制が設けられている。図書館や学校、医院など公益上必要な建築物に限り建築可能だが、店舗や事務所、工作物を建てることはできない。認められた建築物も高さや建ぺい率、容積率などで厳しく規制されている。
ところが、民主党政権のときの2011年に国土交通省が通知を出し、太陽光パネルを工作物から除外してしまった。建築物でない太陽光パネルは無規制同然となった。ここから自由に設置できることになった太陽光パネルは全国各地で、自然や住民の生活環境に様々な悪影響をもたらし、住民紛争が頻発することになる。
可児市のまちづくり条例を無効にした国の通知
可児市には協働のまちづくり条例があった。2004年に制定されたこの条例は一定規模以上の開発行為について市との協議を求めることを求めるなどの手続きを示していた。土地利用協議と開発基準協議の2種類の手続きがあり、土地利用協議の際、業者は自然環境などの調査を行い、環境配慮報告書を提出することを求めていた。法律に沿うだけでなく、丁寧な手続きを業者に義務づけることで、乱開発を防止することを目的としていた。
しかし、国の通達によって太陽光パネルは建築基準法の工作物にあらずという取り扱いになったことで、この大森のメガソーラー計画は土地利用協議を免れ、よって環境配慮報告書も提出する必要がなかった。
しかし、この大森の地域は近くに新興住宅地が広がり、自然が豊富で閑静な地域を好む住民による名古屋のベッドタウン化していた。この人たちは良好な環境が損なわれると危機感を持ち、可児市にメガソーラーの設置を認めるなと求め、署名活動を展開、2017年に議会に陳情した。
市議会に陳情したが「聞き置き」に
市議会の建設市民委員会で議論された。陳情者は「住宅地に業務用の発電施設があってはならない。業者に撤退してもらい、跡地を市の公園にしてほしい」と訴えた。メガソーラーの建設計画地は、もとは別の業者による開発計画を巡り、まちづくり協議会は反対し、挫折した土地だった。その業者が倒産し、土地を切り売りし、1つはメガソーラー用地に、もう1つは砂利採取場になっていた。
陳情した住民にとって、この地域は第一種低層住宅専用地域であり、そこにメガソーラーができることが容認できなかった。しかし、政府は再生可能エネルギーの推進に力を入れ、これまでの規制を緩和した。 委員会には止める手立てもなく、陳情を「聞き置く」という結果になった。
条例の限界感じ、直接交渉選んだ住民たち
しかし、住民たちは諦めず、業者と直接交渉する行為に出た。住民らは事業者との話し合いで厳しい意見を出したが、土地を手に入れた業者が簡単に計画をやめるわけもない。やがて条件交渉に移った。
住民らは粘り強く業者と交渉を続けた。先の村上さんら専門家にも御願いし、湿地の貴重さを学んでいった。話合いの場には市の職員も参加した。最初は硬い姿勢だった業者も計画撤回はできないが、湿地にかかった計画を一部変更し、セットバックにより、湿地を守り、メガソーラーの規模はそのままとすることで合意した。
景観への配慮や湿地保全、パネルの撤去に備えた積立金を準備し、環境を元に戻すことなどで合意し、それをもとに住民と業者が協定書を交わした。
業者も妥協し、協定成立
経塚さんは「太陽光パネルは湿地も埋め立て、設置する計画だった。しかし、規模はそのままで設置場所をセットバックしたり、湿地に土砂が流れ込まないよう一部の林も残し湿地を守ることになった」と語る。
ただ、太陽光の発電施設は、湿地の集水域となる尾根上にあり、その土地から地下水が供給され、湧水湿地群の湧水となる。パネルが日陰となって植物が生えず、土壌の保水能力を低下させる可能性もある。だが会のモニタリングでは、湧水量はパネル設置前と変わらず影響はでていないという。
結ばれた協定書には「湿地群の環境と動植物を可能な限り保存するとともに、湿地が新生するための潜在的な要因(地形、水供給など)の維持が保証される開発事業とする」とうたわれている。
お互いの合意形成の努力が必要だ
湿地が保護できたのには、太陽光パネルの設置反対だけでなく、住民が何回も事業者と直接話し合い、お互いが譲り合い、合意形成を図ろうと努力したことのほか、住民・漁民の立場から長良川河口堰の生態系調査にかかわったりした中部大学教授だった村上哲生さんらが専門家としてかかわったことも大きい。
可児市もこの経験から「可児市太陽光発電事業と地域との調和に関する条例」を制定、2020年に施行した。業者は市に申請・着工前に市との協議が必要で、周辺住民への周知と市が決めた技術基準への適合を求め、市と協定を結ぶことを求めていた。申請の際には地位環境配慮報告書の提出を求めていた。いわゆるミニアセスである。また事業抑制区域を設定し、区域内では太陽光発電事業を認めないことにした。
隣の御嵩町では、湿地消滅の危機
一方、となりの御嵩町では、「太陽光発電の推進及び適正管理に関する条例」があるが、事業者の届け出制で、その前に町との事前協議を定めているが、規制色は薄く、むしろ推進の色彩が強い。
この町では中央リニア新幹線のトンネル工事からでた残土を、ハナノキの群生する湿地に持ち込むJR東海の残土埋め立ての計画がある。予定地周辺の自治会が反対する会を設立した。しかし、残土(汚染土)の持ち込みを認めないとの決議文を提出した先は町であり、肝心のJR東海へは何の行動も起こしていない。
関連記事「うちはそういう会じゃない」
会はJR東海に直接の話合いを求めることはしないとしている。会の幹部は「うちはそういう会じゃないから」。実は、こうした町頼りの背景には、自治会の中に、JR東海が行うトンネル工事から発生した残土の捨て場所として、所有していた山林の地主が数多く存在していたことによる。
汚染された残土は持ち込まないなど会の決議文を決めた自治会には、土地を売った住民らも含まれており、もともとが、会として1つの方針を打ち出すことは難しかった。会の幹部の中でも埋め立て計画に対する立場はまちまちであり、JR東海と交渉などできる状況にはなかった。湿地の保全を町に求めているが、会として協力するか不明だ。
JR東海も、可児市での太陽光発電業者と違い、妥協の姿勢が見えない。ハナノキなどの希少野生生物が予定地に生息するが、JR東海の保護策は限定的だ。JR東海は「どの木を伐採するか、残すかは、工事着手する際に決める」(岐阜県の工事事務所)と自然保護に関心は薄い。
町は2024年に審議会がまとめた報告書をもとに、町長がJR東海と直接交渉し、計画の変更や見直しなどで、さらなる湿地保護策を求める方針だ。町では可児市のような条例を持たないが、湿地保全を真剣に考えた可児市の住民たちの動きや可児市の改善策は、1つの参考事例になるだろう。
自然観察会開き、多くの人々に
いま、可児市で運動を担った住民らは「大森奥山湿地群を守る会」をつくり、湿地の観察会を開いたり、湧水が汚染されていないか定期的に調査したり、木道を整備したりしている。こうした活動には、太陽光パネルの管理を任された会社の社員も参加している。

大森奥山湿地群を守る会提供
守る会の経堂会長は「湿地を守れと訴えた以上、湿地の観察会を行って広く知ってもらったり、湿地を管理するのは私たちの責任です。昨年には環境省の自然共生サイトにも認定されました」と話す。
岐阜県は大森奥山湿地群を含め、これまでに5カ所が認定されている。同じ時期に認定された地区では、瑞浪市にある日本ガイシみんなの森みずなみが5.7ヘクタール、隣の愛知県名古屋市にあるなごや東山の森は286ヘクタール(千種区、名東区、天白区)と広大なものまでいろいろある。
多くの自然共生サイトには、可児市同様に、それぞれの歴史がある。それを大切にしながら、サイトを増やしてほしい。
参考:環境省 認定サイト 大森奥山湿地群 詳細
参考:大森奥山湿地群を守る会ホームページ 大森奥山湿地群のご案内