PFAS(有機フッ素化合物)を追う 甘い基準を厳しくできないわけは?

PFAS(有機フッ素化合物)を追う 甘い基準を厳しくできないわけは?
東京都府中市にある若松給水場。原水の数値が高いため、利根川など汚染の少ない川の水を市外の浄水場から給水してもらって濃度を下げている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

最近、PFAS(有機フッ素化合物)による水道水や河川、地下水汚染が大きな問題になっています。どんな物質で、体にどんな悪影響があるのか、国や自治体はどう対応しようとしているのか、有害物質問題に詳しく、環境政策が専門の畑明郎元大阪市立大学教授に話をうかがうとともに、最近の動きをまとめてみました。

ジャーナリスト 杉本裕明



畑明郎・元大阪市立大学教授が解説する

――PFAS汚染が問題となっています。どんな物質なんですか?

畑さん : PFASとは、Per-and PolyFluoroAlkylSubstances(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)の略称で、有機フッ素化合物と言われるものです。炭素Cとフッ素Fの結合エネルギーが強く、分解しにくく、「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも言われています。

PFASは、元々、自然界に存在しなかった物質で、1940年代に米国で開発されました。現在1万種類以上が存在しますが、中でもPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が、最も広く商業的に使用されてきました。

畑さんは「政府の対応は欧米に比べて遅い。住民の不安に答えて、早急に各種の調査に取り組んでほしい」と語る
杉本裕明氏撮影 転載禁止

PFOS(ピーフォス)は、1953年に3M社が撥油性・撥水性のある有機フッ素化合物を発見したのが始まりです。1960年代に米国海軍と共同で泡消火剤を開発しました。PFOSは、エッチング剤、半導体用のレジストの製造、業務用写真フィルムの製造などにも使われ、水や油をはじき、熱や薬品に強く、光を吸収しないので、防水スプレー、フライパンや鍋のフッ素加工樹脂(テフロン)、ハンバーガーやピザなどの包装紙、カーペットや衣類の防水防汚処理、化粧品、デンタルフロス、スキー板のワックス、メガネの曇り止め、スマホ画面のコーティングなどの生活用品に使用されてきました。

PFOAは、種々のコーティング剤やフッ素樹脂の原材料などに使われていました。PFASは、工業製品として、軍事基地や空港、石油化学工場、大規模駐車場などで使用する泡消火財、半導体製造、金属加工・金属メッキ、工業用研磨剤、表面処理剤などに使用されてきました。

画像は環境省のPFOS、PFOA に係る国際動向から引用

――いろんなところで利用されてきたのですね。その便利な物質が健康への悪影響があることがわかったのですね。

畑さん : PFASの人体への悪影響はかなり前から、開発したメーカーも知っていました。PFASの人体影響についての2000年半ばの研究では、PFASを投与した親ネズミから生まれた胎仔の成長が遅れることが示されています。この影響は、その後発表された他の肝臓や神経、発がん性の影響が出る投与量より低濃度でも確認され、人の健康調査となる疫学研究でも、PFOAとPFOSの母体の血中濃度と出生体重に関係があったと報告されています。

2012年に発表されたデュポン社の従業員と地域住民への疫学調査では、PFOAコレステロール値、,腎臓がん、,精巣がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎および妊娠高血圧症と関連性が高いとされました。ネズミなどのげっ歯類では、肝臓、乳腺、精巣、すい臓で腫瘍が発生することが実証されています。

――発がん性も指摘されています。

畑さん : PFASを摂取すると、体外に排出されるのが非常に長くなり、体内に蓄積します。その結果、

  1. 抗体反応の低下
  2. 脂質異常症
  3. 幼児や胎児の成長低下
  4. 腎臓がんのリスク増加

などの健康への影響が生じることがわかっています。WHO(世界保健機関)の国際がん研究機関(IARC)は、2017年に動物実験に基づき、発がん分類で、PFOAは発がん性がある(グループ1)、PFOSは発がん性の可能性がある(グループ2B)に指定されています。ともに発がん性を引き起こす化学物質と認定されているのです。

――米国では訴訟になったとか。

畑さん : 米国では、ウェストバージニア州のデュポン社のPFAS工場周辺で住民に下血や肝臓がんが相次ぎ、2001年に住民3,500人がデュポンを提訴し、住民に約863億円を支払い和解しました。和解後、7万人を対象とした健康調査からPFOA血中濃度が米国人平均の数倍と判明しています。この事件は、映画「ダーク・ウォーターズ:巨大企業が恐れた男」の舞台となりました。また、泡消火剤を使用した米軍基地周辺では、385施設でPFAS汚染が確認され、住民訴訟が多数起きています。

――日本でも沖縄の嘉手納基地、東京の横田基地など米軍の基地が汚染源となり、周辺の河川や地下水を汚染し、東京都が地下水の利用をやめる事態になっていますね。そんなに危険な物質なら法律で規制しないといけませんね。

畑さん : 実は、残留性汚染物質(POPs:Persistent Organic Pollutants)に関するストックホルム条約(POPs条約)では、PFOAはA廃絶対象に、PFOSはB制限対象に指定されました。PFOSは、2009年に「残留性汚染物質に関するストックホルム条約」の制限対象となり、2010年に国内でも使用・製造が禁止されているのです。それをもとに、EU(欧州連合)は、PFASを化学物質規制(REACH)の対象にし、米国は、有害物質規制法(TSCA)の対象にしています。日本も、PFOAとPFOSを化学物質審査規制法対象とし、水道水質基準や水質汚濁防止法の対象としています。PFOAは2019年にPOPs条約の廃絶対象となり、2013年までに国内メーカーでの使用は全廃されました。

しかし、新たな製造や使用を禁止しても、すでに製造されたPFASが環境中に排出されたり、過去に汚染された地下水はとどまり、汚染は消えません。そこで、それを防止するために水道水や河川、地下水などの規制が必要となります。その規制値を見ると、米国の最終的な水道水の規制値は、1リットル当たりPFOA4ng(ナノは10億分の1)未満、PFOSは同4ng未満とされていますが、日本の水道水の暫定目標値はPFOS+PFOA=50ngと、6倍以上甘い数値です。

おまけに、暫定目標値なので、排出する事業者に規制を加えることはできません。環境省も公共用水域での暫定指針値として同じ値を採用しています。指針値は環境基準値ではないので、環境基準をもとに設定し、排出事業者を規制する排水基準値も定められていません。

――先日、沖縄県が排出データの提出を米軍に求めましたが、米軍から「日本では規制値を設定していないから、提出する義務はない」と断られました。規制する数値が設定されず、しかも暫定目標値も暫定指針値も欧米に比べ、驚くほど緩い。国は、「データが整備されていない」と言い訳をしています。環境省の関係者の話だと、環境基本法に基づき環境基準を設定すると、それを守る義務が国に生じます。守れないような基準値を設定しても守れる見通しが立たないと設定した意味がなくなる。そこで「指針値を設定し、データを集めてから」と先延ばしにしているのだそうです。

畑さん : 国の動きは遅れています。欧米では血中濃度の基準値も出されており、米国アカデミーが、PFAS合計値1ミリリットル当たり20ng未満と決め、ドイツ環境庁は、PFOSは同20ng未満、PFOAは同10ng未満とされています。「健康に影響があると考えられるレベル」であり、「緊急にばく露軽減策をとる必要がある値」と定めている。日本では、一部の研究者や住民団体が地下水や河川が汚染された地域で、住民の血中濃度を調べており、欧米の値の数倍にも当たる高濃度汚染者が多数見つかっています。

――国は有害性を早くから知っていましたが、汚染の実態を把握するための調査には消極的でした。汚染のない一部地域の住民の血中濃度を測って問題なしとしたり、河川、地下水の調査を限定的に行っているだけでした。最近になって海外の規制が厳しくなり、追い込まれて重い腰を上げるという役所の体質は変わりませんね。ところで、水道水の所管が厚生労働省から移った国土交通省はこの5月に全国の水道水の汚染の実態調査を行うと全国の自治体に通知しました。やっと動き始めたかという思いです。

畑さん : これまで国や多くの自治体の動きは鈍く、小泉昭夫京大名誉教授や原田浩二京都大学准教授ら少数の研究者の献身的な取り組みと住民団体、少数の自治体の取り組みに頼ってきました。もっと国が全面に立って積極的に問題解決のために動いてほしい。また、PFASの中で見落とされがちなのが、PFHxS(ピーエフヘクスエス) Per Fluoro Hexane Sulfonic acid(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)です。PFASの一種でPOPs条約の新規製造、輸入の禁止対象になっています。乳幼児の発達影響などが懸念され、日本では、調査も満足にされていません。今後は評価・管理を進めて規制を検討していく必要があります。

参考文献原田浩二編著:『これでわかるPFAS汚染』(合同出版、2023).

PFAS汚染への取り組みを批判した国連報告書に東京都が削除要求

次に最近の関連するトピックを紹介しよう。

国連人権理事会のもとにある「ビジネスと人権」作業部会が今年5月にまとめた報告書に、PFAS汚染に対する国の取り組みが記述された。

作業部会は昨年夏に日本各地で調査を行い、「国の政策には、汚染地域の住民のPFAS血中濃度に関する大規模な調査は含まれていない」、「大規模な調査としては、たとえば東京・多摩地区の住民がPFASを体内に取り込んでいるとの研究(原田浩二・京大准教授)があるが、日本政府は汚染地域では血液検査をしようとしていない」、「PFASに汚染された水源の近くに住む人々の健康調査を実施する政府の取り組みは限られている」などと記述していた。

ところが、日本政府は、

「血中濃度と健康影響の関係は十分に解明されていません」

「摂取と人体への影響の関係は十分に解明されていません」

「環境省が昨年1月、科学的根拠に基づく包括的なPFAS対策を議論する専門家会議を設け、河川や地下水の継続的な監視や新たな疫学研究の支援などを打ち出しました」

などとし、報告書の該当部分の削除を求めた。その反論文の多くは、政府に代わり、東京都が執筆していたのだという。こんな内容の記事が2024年6月13日付の東京新聞に掲載された。血液検査については、

「たとえ汚染の影響を受けた地域で血中濃度調査をしても、そこにいる住民一人ひとりの健康状態を明らかにすることはできないと考えています」

「健康影響の実態が明らかでなければ、血液検査に基づく相談、診療、治療を行うことは事実上不可能である」

「東京都は、都民の不安を払拭するために国内でも先進的な対策を講じている」

「2010年から都内全域で地下水調査を実施し、PFASの検出地域を特定している」

などと反論している。

都の政策企画局外事部は、「外務省から照会があったので、関係部局が手分けして書き、外務省に提出した」と話す。ただし、国連の出した文書への反論書提出は極めて異例であることを、都も認めている。

東京都は2005年ごろから地下水などの調査を始めた。その後、多摩地域の汚染された水道水の摂取を防ぐために、地下水の利用をやめ、汚染されていない利根川の水を取水した多摩川の水とブレンドして、汚染濃度を下げ、安全性の高い水道水にして供給している。汚染を放置せず、対策をとったことは、水道事業者として評価されることだ。

しかし、血液検査はこれで健康状態を知ることができないのは当然で、汚染の実態を知るための有力な方法の一つと言える。かつてダイオキシン汚染問題が起きた時、政府は汚染地域で詳細な血液調査をしており、ドイツでは基準まである。虚偽事項が書かれたわけでもない国連の報告書に、ことさら反論する必要はなかったのではないか。

食品や飲料水の摂取許容量が決まった

PFASの健康影響を評価し、食品や飲料水の1日当たりの摂取許容量について内閣府の食品安全委員会は、今年1月、PFOSとPFOAの2物質それぞれについて、体重1キロ当たり20ナノグラム、計40ナノグラムを指標とすることを了承し、摂取許容量を決めた。

欧州食品安全機関(EFSA)は2物質の合計で体重1キロ当たり0.63ナノグラムと低く設定されおり、パブリックコメントでは、「60倍以上と緩すぎる」などの批判が多かった。

肝機能値指標とコレステロール値上昇、免疫低下、出生体重低下の可能性を否定できないとしたものの、発がん性についての国際がん研究機関(IARC)の分類を「証拠が限られている」として、採用していない。IARCは、発がん性に関する物質や要因について、動物実験や疫学調査など証拠の確実性を評価して4段階に分類。PFOAは2023年12月に下から2番目の「可能性がある」から、最も高い「発がん性がある」に引き上げ、PFOSは新たに「可能性がある」に追加していた。

発がん性を加味すると、許容量が厳しくなり、政府が決めた暫定基準値や暫定指針値の見直しにつながるため、このような値になったのではないか。科学の世界に政治を持ち込んだように思える。

全国の水道水調査に踏み切った環境省と国土交通省

一方、環境省と国土交通省は今年5月、全国の水道事業者に対し、PFASの検出状況の報告を求める通知を出した。小規模でも井戸水などを水源として給水する「専用水道」の事業者にも広げた。一歩前進だが、東京都のように基準を上回らないように対策を講じているところが多いと見られる。他方で求められるのが、汚染源を特定するための河川や地下水の全国規模の調査だ。

多摩地域の高濃度汚染が顕在化している東京都では、2021年度から都内全域の地下水を調べ、今年4月、都は都内260か所の調査結果を公表した。全体の約1割の17区市28か所で、国の暫定指針値(1リットル当たり50ナノグラム)を超えていた(21~23年度の総計)。

水道水の安全性は大丈夫だろうか

中でも立川市では23年度に約12倍の同620ナノグラム(定点観測点)、渋谷区では21年度に暫定指針値の6倍超の1リットル当たり330ナノグラムを記録、両市区は最大値が暫定指針値の約6~12倍だった。府中市は22年度に5倍超の260ナノグラム、23年度に120ナノグラム。文京区、台東区、練馬区、足立区、世田谷区、渋谷区、八王子市、立川市、青梅市、府中市、国分寺市、国立市、狛江市、西東京市、小平市、武蔵村山市の16区市が暫定指針値を超えていた。

今後の課題は、汚染源の特定につながる調査と汚染土壌や農作物の調査

環境省のPFAS総合戦略検討専門家会議がまとめた「今後の対応の方向性」によると、地下水や河川などの調査を行うとしているが、汚染源の特定につながるような調査になるかは未定だ。

東京・多摩地域では、都は水道水源の井戸40か所の取水を停止している。住民団体が、原田准教授らの協力を得て血中濃度を測定している。その結果によると、7市で採血した住民の67%の人のPFAS濃度が、米国で「健康被害の恐れがある」と定める指標を超えていた。横田基地のPFASを含む泡消火剤の漏出事故などが大きな要因と見られているが、米軍は基地外への流出を認めておらず、東京都もデータの提出を求めていない。

このため、小平市議会は今年6月、汚染源を特定するため、「沖縄県や神奈川県でPFAS漏出事故に対する米軍基地内への立ち入り調査が実現している」とし、「必要な場合は立ち入り調査をするように都内25市と連携して国や都に働きかけること」を市に求める請願書を全会一致で採択した。また、国や都に対してPFAS血中濃度基準の設定や血液検査などを求める意見書も可決した。

畑さんは、「血液検査に加えて広範な土壌や農作物調査が必要だ。原田准教授の大阪府摂津市の調査では、汚染土壌と農作物汚染の存在が明らかになっており、地下水から土壌が汚染された状態で、農作物が栽培されている可能性がある。また、環境省の専門家会議は『健康影響を把握することができない』として否定的だが、全国的な血液検査、土壌汚染調査、農作物調査などを行ってほしい」と話している。

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