海洋の海面から海底まで、地球規模で分布するマイクロプラスチック。JAMSTECが世界の調査データ集めて分析

海洋研究開発機構 提供
数千メートルの深海にも無数のマイクロプラスチックが漂っている――。国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)が同機構と世界の大学や研究機関の調査データを分析したところ、世界の海域の1,885地点で、水面から深さ数千メートルの海底に至るまで、マイクロプラスチックが広範囲に存在していることがわかりました。
排出源に近い沿岸や表層だけでなく、地球規模での汚染が進み、共通のパターンがあることを示しており、5月1日付の科学誌「Nature」に掲載されました。毎年900~1,400万トンものプラスチックが海洋に流れ込んでいるともいわれ、海洋汚染が地球規模で進んでいる深刻さがわかります。
ジャーナリスト 杉本裕明
マイクロプラスチックの海洋汚染が深刻化
JAMSTECは、海洋研究開発と関連する地球物理学の研究開発の研究所で、深海潜水船や地球観測のための研究船を開発・運用し、研究を進めている。 今回のマイクロプラスチックの研究の発端は、近年の地球温暖化問題と並ぶ形で、マイクロプラスチックによる海洋汚染防止が世界の環境問題の大きな課題になったことがある。
2016年にスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)でエレン・マッカーサー財団が、「現状のペースでプラスチックごみが増え続ければ、2050年までに海のプラスチックごみは魚の量を上回る」という試算を発表。マイクロプラスチックによる海洋汚染が世界的な話題になった。
2018年6月、カナダで開催されたG7サミットで「海洋プラスチック憲章」が採択。2019年6月のG20大阪サミットで、海洋プラスチックごみによる新たな汚染を2050年までにゼロにする目標を掲げた「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が採択された。日本もプラスチック資源循環促進法が制定され、リサイクルや環境中で分解するバイオマスプラスチックの導入に取り組み始めた。
各国が取り組みで合意はしたが
2022年にケニア・ナイロビで開催された第5回国連環境総会再開セッションでプラスチック汚染を終わらせるための法的拘束力のある国際約束を各国政府が合意した。国際プラスチック条約の具体的な内容を決めるために2024年11月に韓国・釜山で締約国会議が開かれた。プラスチックの生産量規制を巡り産油国などが反対し、先送りされた。
マイクロプラスチックの調査・研究も2010年以降に盛んとなり、JAMSTECは研究の1つとして、2019年に有人潜水調査船「しんかい6500」が相模湾から房総半島の沖合に潜って、プラスチックごみによる海洋汚染の状況を調べるなど、調査・研究を本格化させた。
海洋の水柱を測定する意義
今回の研究はその一環の1つだ。海洋に存在するマイクロプラスチックの研究は50年前から行われてきたが、主に海面から50センチの深さまでのマイクロプラスチックを特殊なネットを使って採取する方法だった。最近になってサイズや比重の違いで、一部が沈降し、海底に沈んでいることがJAMSTECや海外の研究者らによってわかりつつあった。

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しかし、大部分の調査は海表面に限られ、海中における地球規模での分布パターンや共通性ははっきりしなかった。そこで、JAMSTEC海洋プラスチック動態研究グループのShiye Zhao(シェイエ・ジャオ)副主任研究員が、中嶋亮太研究グループ長や、ニュージーランド、米国、中国、オランダ、スイス、チリ、イタリアの大学や研究機関の研究者らの協力を得て、2014年~2024年までに1,885地点で調査された海面から深海にかけての様々な水深(水柱)に存在するマイクロプラスチックの分布パターンを、地球規模の視点で分析した(水柱で複数深度を調査したのは340地点)。
表層だけに存在しているわけではなかった
それによると、調査区域は、図のように大西洋、太平洋にまたがる広範囲で行われ、マイクロプラスチックは調査した水柱のあらゆる深度に存在していた。深度ごとに調べた調査データによると、マイクロプラスチックの濃度の中央値は1立方メートル当たり205個あった。

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深海でも高い濃度で、例えば、「北南対象」の横断調査によると、水深100~270メートルでは1立方メートル当たり1,100個、「北太平洋亜熱帯循環」では水深2,000メートルで同600個、「北極」では水深2,500メートルで200個、「マリアナ海溝」では水深6,800メートルで13,500個が確認された。
沿岸域は高濃度で急速に沈降
データを総合すると、沿岸域、外洋域ともに深度が浅いところでは濃度が最も高く、沈降するにつれ、濃度が下がる傾向にあった。 さらに、マイクロプラスチックの濃度と深度との関係を示した図を見ると、いずれもマイクロプラスチックが沈降する沿岸域の方が、外洋域より点線の傾きが強かった。

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これは、沿岸域では生物の生産が活発で、マイクロプラスチックが植物プランクトンなどによって凝集したり、生物がくっついたりたりして急速に沈降し、沿岸域に蓄積していることがわかった。また、沿岸域の中央値は外洋域の30倍以上あった。

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次にマイクロプラスチックの大きさで比較すると、1~100マイクロメートル以下のサイズのより小さなマイクロプラスチックの方が深度とともに緩やかに濃度が減少する傾向があり、水柱全体に分布していることもわかった。一方、100マイクロメートル以上のマイクロプラスチックは表層にとどまるか、急速に沈降して海底に沈んでいた。
沈降は、生物の付着やマリンスノー
なぜ、沈降するのか。中嶋さんに詳しく解説してもらった。

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――生物とともにマイクロプラスチックが海底に向けて沈んでいくというのは?
「大きな要因は、生物の付着やマリンスノーなど生物的なプロセスです。海の表面に漂うプラスチックには藻類や付着性の甲殻類・貝類などがくっつきます。あるいはマイクロプラスチックが生物に食べられて糞として排出される。すると比重が重くなるから、沈んでいく。植物プランクトンや生物の糞のような膨大な数の粒子状の有機物が海中を漂っています。それらがマイクロプラスチックを包み込み、一緒に沈んでいくのです。また、動物に食べられて動物が深く潜っていくことで深層に運ばれることもあります」

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――生物以外の要因では沈降しないのですか?
「もう1つ『海水の沈み込み』と言われる要因もあります。グリーンランドや南極が有名です。冷たい風が吹くと海面が冷やされ、さらに蒸発によって塩分が高くなると、海水の密度が大きくなり、重くなる。下層の海水よりも重ければ、沈み込みが起き、それと一緒にマイクロプラスチックも沈降していく可能性があります」
C14使った年代測定にも悪影響与える
今回の論文では、マイクロプラスチックに由来する炭素が、海水中の懸濁態有機炭素(POC)に占める割合と水深との関係も調べている。深度が深くなるにつれマイクロプラスチック由来の炭素の割合が増え、深度2,000メートルになると最大5%にもなったという。

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実はこれが、古環境学、地球物理学など研究者たちに大きな影響を与えかねないのだという。放射性炭素(C14)は炭素の同位体の1つで、大気圏上層で宇宙線の二次中性子と窒素の反応で生成される。植物や動物に二酸化炭素と一緒に取り込まれたのち、長い時間をかけて放射性は崩壊していく。そのC14と対象物に蓄積した炭素の比率から炭素を含む樹木、貝、土壌、土器の付着物などの年代測定が行われている。
しかし、プラスチックは、石油から製造されるためC14がすでに枯渇している。だからマイクロプラスチックがPOCに含まれると、年代の測定が正確にできなくなる。マイクロプラスチックが2%分含まれると約170年の誤差が出ると推定されている。
測定方法の統一化が課題
また、海洋生物が食べ物と間違ってマイクロプラスチックを取り込むことで、生物の利用性や生物が海洋の表層から深海に炭素を供給している生物ポンプの機能低下につながるなどの影響が懸念されるという。
中嶋亮太さんは「海洋の内部に存在するマイクロプラスチックの分布や特徴を地球規模でまとめたことで、従来の想定以上に、沿岸域がマイクロプラスチックの汚染リスクにさらされていることや、鉛直的な分布の傾向がわかった。しかし、地球規模での存在量を正確に把握するには、使う機材や調査手法を統一化することが必要です」と話している。
人の見えない深海で、極めて長い時間浮遊するマイクロプラスチックは、生態系に大きな影響を与える。取り返しのつかないうちに、プラスチック削減に向けて有効な対策を打ち出す時だと、この論文は訴えているように思える。
註:マイクロプラスチック 大きさが1マイクロメートルから5ミリメートルの範囲のプラスチック。この研究では微小マイクロプラスチックを100マイクロメートル以下。大型マイクロプラスチックを100マイクロメートル~5ミリメートルとしている。